ケトン体は『飢餓時だけに生成される非常エネルギー』なのか[1]

危険なケトン体?

ケトン体について日本の医学情報を検索すると,

ケトン体(主にβヒドロキシ酪酸とアセト酢酸)は、飢餓時のようなグルコースが枯渇した状態において肝臓で産生され、速やかに脳や他の組織でグルコースの代わりに利用される

日本医療研究開発機構

ケトン体っていったい何? 糖が不足すると増える危険物質の正体

カンロ株式会社

などと書かれており,ケトン体は あたかも飢餓状態でないと人体には存在しないかのようです.つまり飢餓状態でない時にはケトン体はいかなる生理的作用も果たしていないかのように受けとれます.それどころか存在自体が危険物質であるとも書かれています. これが糖質制限食に反対する人の重要な論拠になっていました.

しかし それは本当なのでしょうか?

そこでケトン体はどのようなものかをまず見てみます.ケトン体とは 実は下記の複数の物質の総称です.

必ずしも全部がケトン基( >C=O)を持っているわけではありません.β-ヒドロキシ酪酸はケトンではなくカルボン酸に分類される化合物です.ケトン基を持っていないにもかからわらず,β-ヒドロキシ酪酸がケトン体に分類されるのは,この化合が 酵素により容易に水素原子を引き抜かれてアセト酢酸になるからです. またその逆反応も簡単に起こります.

ネットに見られるほとんどの情報は,ケトン体の断片的な一面だけを強調しています. それは 1型糖尿病 あるいは2型糖尿病でも,極端な高血糖状態に陥った時に,血中ケトン体濃度が異常に高くなり,アセトン以外のケトン体は酸性なので,血液のpHが危険なほど酸性に傾いて,時に死に至るケトアシドーシスを起こすからです.したがって 専門家でなければ 多くの医師にとっては,ケトン体とは『ケトアシドーシスを発生させ死に至らせる危険物質』 という図式なのです.

しかし,たとえば高速道路でひどい事故が起こりグチャグチャになった車を見せて,『車は危険だ.こんな危険なものに乗ってはいけない』という人がいるでしょうか?

そのような極端な状態でない限り,車は便利なものであり,救急車のように人命を救うものであるからこそ,現在日本には 約8,000万台もの車が走っているのです.『ケトン体が危険』という人は,この写真のように極端な状態だけをみて,これがケトン体の本質だと主張します.

では,ケトン体は 本当に飢餓状態の時のみ 人体がやむなく合成するものであって,普段はまったく『お呼びではないもの』なのでしょうか?

ケトン体を総合的に解説した日本の文献はほとんどみあたりません.

ところが 今年の日本病態栄養学会で,ケトン体について総合的な解説シンポジウムが行われました.これが日本糖尿病学会ならまだしも,日本病態栄養学会という栄養管理を専門とする学会で行われたことの意味については この記事で考えてみました.

このシンポジウムでは,ケトン体に関する多数の文献を引用して,生理化学物質としてのケトン体が総合的に解説されました. これらを参考にしてケトン体とは何なのかを考えてみたいと思います.

[2]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    SGLT2阻害薬発売以来、頭ごなしにケトン体が悪者扱いされることは少なくなってきているように思います(まだまだ多いですが)。
    SGLT2阻害薬の効果を認めつつ、ケトン体を悪者扱いする事は論理的に矛盾を生じますから、どうしても認めざるを得ないのでしょう。まだまだ、積極的にケトン体を治療に利用するところまでは行きませんが、風当たりは弱くなってきたように思います。
    私の場合、1200μmol/Lを超える辺りから体が非常に軽く感じられ、耳鳴りが止まることが多いです。認知機能にも効果があると思われるので今後は介護の現場でもケトン食などが提供されることが期待されますね。

    • しらねのぞるば より:

      >ケトン体が悪者扱いされることは少なくなってきている

      そうなのですが,『ケトン体は健常人には無縁なものである』というスタンスはそのままですね.

      >積極的にケトン体を治療に利用する

      今回のシリーズで紹介するレビュー論文からは,海外では 治療薬としてのケトン体の利用について議論が進んでいることがうかがえます. ケトン体を消極的にしか評価できない日本の医学界との差はますます開いているようです.