[2型糖尿病]は存在しない:日本では

2型糖尿病とは

1型糖尿病は,GAD抗体の有無により,ほぼ明確に診断が定まります(ただし 緩徐進行型1型糖尿病 SPIDDや 劇症1型,特発性1型ではGAD抗体陰性もありえる).

一方 2型糖尿病の診断基準は,あいまいです.一応 『空腹時血糖値が 126mg/dl 以上 又は 糖負荷試験にて2時間値が200以上』という基準はありますが,これは 単にそう決めたというだけであって,『空腹時血糖値が125mg/dlなら絶対に糖尿病ではなくて,126mg/dl以上なら確実に糖尿病である』ことが病理学的に証明されたわけではありません.

つまり,『2型糖尿病と診断する』ことと『2型糖尿病である』こととは,イコールではないのです.前者はルールの問題[※],後者は科学の問題です.

[※] 以前 江部先生のブログにて,『肥満を解消したら糖尿病が治った』というケースは『肥満による一時的・可逆的なインスリン抵抗性なので糖尿病とは言えないのではないか』とコメントしたら,『医師が糖尿病と言ったのだから糖尿病だ』という反論がありました.保険診療上のルールと病理学上の定義との違いが理解できなかったようです.

そう考えてみると,2型糖尿病においては,『1型糖尿病のGAD抗体=陽性』に相当する科学的な決定基準が何もないことに気づきます.空腹時血糖値や糖負荷試験で血糖値が高い,というのは単に症状であって,2型糖尿病を何も定義していないからです.

『子供が発熱していたら,それは必ず デング熱である』 という医者がいたら,とんでもないやぶ医者だと思うでしょう. それと同じことが2型糖尿病ではまかり通っているわけです.

これに対する反論として

2型糖尿病の定義があいまいなのは,あまりにも多くの発症要因が存在し,それらの組み合わせによって無数の発症経路が存在するからだ,という反論が出されています.

つまり,『定義があいまいなのではない.あまりにも複雑なので 一言では表せないだけだ』というわけです.

御説 ごもっともです. では その説にしたがった場合,医師のとるべき治療戦略は どうなるでしょうか?
それが『1000万人の糖尿病患者がいれば,1000万通りの治療法が必要』となるわけです.

後手か先手か

しかし,それでは 結局は 患者の状態を見ながら Try&Errorで 投薬の種類や量を調整する,つまり手探りの治療にしかならないわけで,もしも 合併症の徴候が現れたら 直ちに手を打つとしても,所詮は後追いの治療にならざるをえません.

Ahlqvist博士の提案が画期的なのは,2型糖尿病には無数の病態があるとしても,それらを『似た者同士』(Similarity)で粗括りに分類すれば,明らかに4つの類型に分かれ,しかもその合併症転帰がそれぞれ明確に異なるのだから,この分類から【合併症の種類とリスクを予想して】まだ病状が進行しないうちにそれぞれに最適な治療が可能ではないか,つまり『後追いではなく先手が打てるはず』と主張した点にあります.

橋が落ちて 大惨事になってから復旧工事を始めるのではなく,落ちそうな橋を予測して事前に補修工事をしようではないか,という提案です.

  • 1,000万通りの2型糖尿病の治療法を見出さねばならない
  • 4つの類型に分けて それぞれに最適の予測治療をする

どちらが臨床的に有用か,どちらが実践可能か,答えは明らかだと思います.
前記の『無数の経路が存在するから,無数の治療法が考えられる』という考えでは,どう考えても将来の合併症 発症予測などできそうにもありません.

すでに欧州の糖尿病医学研究陣は,Ahlqvist分類から更に進んで,それぞれのクラスター(類型)に最適の治療法を探索する研究を始めています. またアジアでは中国の医師が熱心に取り組んでいます.

日本ではどうなのか

Ahlqvist博士の論文が2018年に発表されて以降,多くの国で 博士の説が検証されました.その結果,ほぼすべての例で,博士の提案する新分類は人種・遺伝的相違を超えてほぼ成立していることが確認されました. Ahlqvist博士の提案に異論を唱えた英国の臨床医ですら,2型糖尿病が4つの類型に分類できることは認めています.

そこで,この問題に日本の糖尿病医学界は どうしているのでしょうか?

Ahlqvist説発表の2年後(2020年),日本でもこの説を検証した結果が,福島県立医大の田辺先生(島袋先生の医局所属)から報告されました.

その結果は,他国の検証結果と同様に,

2型糖尿病と診断されていた人は,やはり4種の類型に分かれることが明らかになりました.日本人でもやはりそうだったのです.

では,日本でも この4つの類型に応じた最適の治療法を探索する研究が 既に始まっているのでしょうか?

日本糖尿病学会では,2018年以降~前回までの学会(第64回 年次学術集会)までの様子をみる限り,『4つの糖尿病』に一切言及はありません. かろうじて 日本糖尿病学会が主催した 『第55回 糖尿病学の進歩』という講演会で,滋賀医大の前川先生がAhlqvist説を『興味深い説』として紹介したくらいです.

念のため 日本内分泌学会の学術集会も調べてみましたが,上述の福島県立医大 田辺先生のポスター発表(P3-5-9)が1件あるのみでした.

その他 医学雑誌などの寄稿も検索してみましたが,興味ある話題として取り上げられてはいるものの,

『2型糖尿病は4つの病型に分類できる?!』 北里 大学 山田悟 先生

『2型糖尿病の新分類(クラスター解析による試案)』北品川藤クリニック石原 藤樹 院長

いずれの意見も 『直ちに臨床現場に持ち込むには ハードルが高い』という感想のようです.

上記も含め いくつかの記事を読んだ限りでは;

  • (1) 2型糖尿病患者集団を統計的に分類できたとしても,今 目の前にいる『この患者』がどの分類に属するのか断定できる術がない.
  • (2) 各分類に対して,合併症予防に最適な治療法が確立されていない.

というのが その原因でしょう.

(1)については,Ahlqvist博士が 患者の臨床データを入力するだけで,どの分類に属するのかをSuggestするツールを開発中のようです.

また(2)については,上記の 福島県立医大の田辺先生が,最近 Reviewを発表し;

その中で,下図のように 各クラスタの類型を 『インスリン分泌能』vs『インスリン要求度』でマトリクス表示しています(なお,図の 左にある縦軸の説明は 『high』と『low』が逆だと思います).

あふれるほどのインスリン分泌量がありながら,それを上回るインスリン抵抗性のために高血糖を呈している SIRD[=インスリン抵抗性 重度糖尿病]と,それとは対照的に 絶対的なインスリン分泌欠乏の SAID [= 自己免疫性 重度糖尿病;これは従来の1型糖尿病に相当] や SIDD [= インスリン欠乏性 重度糖尿病]が両極端に配置されています.MODMARDは 両者の中間となり,この配置は妥当でしょう.

図には,それぞれ 発症リスクが高い合併症が示されており,そして適切と思われる治療・投薬が提案されています.

上記原文 Fig.4

当然ながら, SIRDでは インスリン抵抗性の治療が最優先であり,SAIDSIDDは発症初期からのインスリン注射が効果的でしょう.また MODには 薬よりも肥満解消が何よりも有効であり,MARD には肥満解消などは要求しておらず,穏やかな血糖コントロール薬で必要十分というのも頷けます.

現在の日本で,このように 『患者の類型に応じた』 投薬・生活指導がメリハリつけて行われているでしょうか?

今後の展開

今後も Ahlqvist博士の文献Watchを継続していきます.

また来る 学会で,このクラスター分類が取り上げられるかどうかも注目されるところです.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    2型糖尿病に限らず、高血圧も同じですよね。
    SBP 140 mmHg、DBP 90 mmHg以上だと高血圧と診断されるけれど、これは単に学会がそう診断基準を定めているだけ。そして、昔に比べてどんどん基準が厳しくなっているので、今はまだ「正常(正常高値)」と呼ばれている範囲でも、いずれは「高血圧」と診断されるようになるかもしれません。
    糖尿病のHbA1c、空腹時血糖値も同じで、どこにカットオフ値を設定するか?という問題なんですよね。

    ざっくりと「2型糖尿病」と診断しているものの中にはいろんな種類が含まれている、という話も、高血圧に当てはめることができると思います。「本態性高血圧」というのは、「なんだか原因は分からないけど血圧が高くなる」という意味ですもんね。
    「原因が分からない」と言明しているので、むしろ潔いと言えるかもw

    おそらく、脂質異常症も同じで、発症の原因となるパスウェイが複数あって、患者それぞれで異なるんでしょう。

    そして、肥満による場合は、減量すれば、血糖値は下がるし、血圧は下がるし、脂質異常は解消することが多い。
    したがって、肥満の影響が多い場合とそうでない場合、少なくともこの2者については分けて考える必要があるのだと思います。

    田辺先生の最近のレビューの図で、MODは「体重コントロール、食事と運動療法」とありますね。「食事と運動療法」は全ての群に共通な基本的事項かと思うけれど、その中でも特にMODには有効である、ということでしょうか。

    この図の縦軸については、「インスリン要求度」、つまり、体がどれだけインスリンを要求するかという意味だと思うので、インスリン抵抗性により大量のインスリンを必要とするSIRDが「高」、NGTやSAID、SIDDが「低」ということでいいと、わたしは解釈しました。(SAIDの中にもインスリン抵抗性大の人はいるでしょうが、それが発症原因ではないということで)

    • しらねのぞるば より:

      >昔に比べてどんどん基準が厳しくなっている

      私の若い頃は,SBPは「年齢+100」が正常値でしたけどね.

      やたらと血圧の基準値を下げていますが,それは観察研究の結果と言う根拠はあるにしても,その基準を投薬により達成すれば,投薬しなくても もともとその血圧だった人と『同じくらいに健康になった』のでしょうか?

      私の学生時代の同級生で,当時は 身長も体重も ほぼ同じだった男がいます. しかし 2年ほど前に会った時には,こちらは学生時代と変わらず 66kgでBMI=22,向こうは90kg超でした. 『血圧が高くて医者に叱られている』と言っていたのですが,最近 会ったら,『薬で下げたからもう大丈夫』と威張っていました. しかし体重は相変わらずです. 現在 たしかに私も その男も血圧は 110/70 くらいですが,あの体重ならむしろ少し血圧が高めの方が自然で健康的な気がします.

      自然の 110/70と,投薬による 110/70ではまるで違うと思うのですが,循環器専門医からすればそれでいいのでしょうね.

      >この図の縦軸については、「インスリン要求度」、つまり、体がどれだけインスリンを要求するかという意味

      私も 最初 そう読んだのですが,そうすると SAIDやSIDDの人は,体質的にインスリンをまったく必要としていないということになってしまうのでしっくりきませんでした.
      縦軸を Insulin Resistance,横軸を Insulin Secretion Capacity とする方がすっきりすると思います.こうすれば,SIRDの最適治療がインスリン抵抗性の軽減であり,SAID, SIDDの最適治療がインスリン注射となるのと うまく対応します.