[2型糖尿病]は存在しない:世界はさらに先へ…

欧州(EU)には,大学研究機関と製薬会社とが共同で運営する官民共同機関 IMI(Innovative Medicines Initiative)という組織があります. 『革新的医療推進機構』とでも訳すのでしょうか.

この組織は 2008年に発足し,EUと製薬会社とが拠出した基金を活用して,広く 医学・公衆衛生に関する調査・研究プロジェクトを推進しています.

日本には,これに対応する組織はありません.日本政府と国内の製薬会社とが基金を拠出して共同運営する団体など作ろうものなら,『陰謀論』の方々から猛烈な非難が沸き起こるでしょう.あ,おおっぴらにやってますから『陰謀』ではないですね.
しかし,IMIは 特定の製薬会社の利益を誘導するためでなく,営利企業では実行しにくい(結果が見通せない,全く未知の領域のため失敗するリスクが大きいetc.)テーマに焦点を絞って行っています.

IMIの基金の規模は 現在 6,900億円(53億ユーロ)! 巨額です.

ちなみに日本の厚労省予算でこれに相当するものを探してみると(新型コロナの影響をまったく受けていない2019年度予算です),

(保健医療分野等の研究開発の推進) 582億円
〇 日本医療研究開発機構(AMED)において、革新的医薬品、がん、難病、感染症、認知症等に関する研究開発支援を行い、革新的な医療技術を実用化するための研究開発等を推進するほか、科学的知見に基づく厚生労働省の施策の推進に必要な研究を促進する。
〇 リアルワールドデータを用いた臨床研究・治験を推進するため、臨床研究中核病院における診療情報の標準化・連結を進め、疾患登録システムを活用した「クリニカル・イノベーション・ネットワーク」(CIN)構想を推進する。
〇 重点6領域(ゲノム医療、画像診断支援、診断・治療支援、医薬品開発、介護・認知症、手術支援)を中心に、AI開発を効率的・効果的に推進する。

厚労省 2019年度予算概要より

とあります. 総額こそ582億円ですが,『診療情報の標準化・連結』つまり電子カルテの普及などという医療インフラ整備予算なども含まれていますから,先進医療研究助成に振り向けられる金額はその 一部でしょう.

脱線しますが,上記の厚労省予算が助成金を出している『 日本医療研究開発機構(AMED) 』とは,2013年に発足した国立研究法人ですが,この時多くの医学会が 設立に反対しました.

IMI Impact on Diabetes

IMIでは 現在多数のProjectが進められていますが,糖尿病関連では IMI Impact on Diabetes (IMI 糖尿病強化)というものがあり,

その一環として RHAPSODY プロジェクト(上図の赤枠)では,糖尿病の個別化・革新的治療法を探求しています.

RHAPSODYプロジェクトが 何を目指しているかは,この一言で十分でしょう.

糖尿病治療は,あまりにも長期間にわたり,お仕着せ・一律の(One-Fits-All)治療が続けられてきました. RHAPSODYプロジェクトの目標は、糖尿病治療を真に個別化することです.

スウェーデン ルンド大学/Dr. LeifGroop

Ahlqvist博士のライブ講演

今年の6月に IMI Impact on Diabetes のシンポジウムが開催されました.そこでは Ahlqvist博士も,講演を行っています.
あいにく Ahlqvist博士は講演の時間配分を間違えたらしく,もっとも強調したかったであろう SIRD【インスリン抵抗性 重度糖尿病】の危険性を指摘するスライドをすっ飛ばされてしまいましたが,

(左下が Emma Ahlqvist博士す.左上の女性は 司会の Maria Gomez博士)

SIRD[= インスリン抵抗性 重度糖尿病]は,一見良好な血糖コントロールのために,急速に進行する腎不全や脂肪肝が見落とされやすいこと,通常の糖尿病とはかけ離れたゲノム構成であること,それゆえに 個別化治療の緊急性がもっとも高いことなどを指摘するつもりだったのでしょう.

欧州では,まだガイドラインにまでは取り入れていないものの,『2型糖尿病は単一の病気ではなく,相互に異なる病気の寄せ集めである』というコンセンサスは既にあり,現在は そこから更に進んで 個々の糖尿病に最適の治療法探索を進めているようです.

中国も着々と

2018年に Ahlqvist博士が糖尿病の新分類を提案した時,世界の糖尿病医学者の反応は きれいに二つに分かれました.

一つは,『これは合理的だ』という賛成意見. そしてもう一つは反発と非難です. 『多様で複雑な病態の2型糖尿病が そんなに簡単に仕分けできるはずがない』 これは 臨床医,特に米英の臨床医に多くみられた反応です.

しかし,中国の研究者は違いました.

この記事でも紹介したように,Ahlqvist博士の最初の論文が2018年5月に発表されるや,北京大学のZou博士が 直ちに中国人のデータで検証して,翌2019年1月に『Ahlqvist博士の提案する糖尿病のサブグループは,中国人の糖尿病患者でも 同じ結果を得た』と発表しています.

そして最近では,深圳のXing博士が『Ahlqvistのクラスター分類は,発症時点だけでなく,入院療養中の糖尿病患者にも適用可能であった』と発表しています.

Ahlqvist博士の 2型糖尿病 新分類は,ただ分類することだけが目的ではありません.

上述の IMI シンポジウムでも報告されている通り,『クラスターによって合併症の種類とリスクが大きく異なる』のであれば,治療法もそれぞれ違うはずであり,糖尿病初期の段階で先手を打って 適切な治療が可能になります.それを真っ先に見つけようと,世界の研究者の競争が始まっているのです.

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