インスリン抵抗性を考えてみました[3] 実際に測ってみましょう

クランプ試験

インスリン抵抗性を実測する方法は,『クランプ試験』しかありません. それ以外にも 間接的な測定法や 推測法はあるのですが,直接測定できるのはこのクランプ試験だけです.

糖尿病医学の大御所 DeFronzo博士が考案しました.今から40年も前のことですが,以来 この方法の改良法はあっても,これを越える方法は見出されていません.

クランプ試験の実際

クランプ試験には,インスリン抵抗性を測定する 正常血糖クランプ試験(EuGlycemic Hyperinsulinemic Clamp)と,インスリン分泌能を測定する 高血糖クランプ試験(HyperGlycemic Clamp)とがあります.設定が違うだけで,どちらも 試験方法は同じです.

測定は,下の通りです.

被験者はベッドに安静に横たわり,左にある機械(=ベッドサイド人工膵臓)から ブドウ糖とインスリンを同時に点滴されます.被験者は一定時間ごとに,または連続的に採血されて,血糖値/インスリン値を監視されます.

人工膵臓は名前の通り,コンピュータ内臓で 患者の血糖値を連続観察しながら,必要に応じて,ブドウ糖/インスリン/グルカゴンを点滴供給してくれる装置です.重度の糖尿病,又は 大けがや手術などで,血糖値が極めて不安定になる事態には,本人の膵臓に代わって血糖コントロールを行ってtくれます.

人工膵臓 STG-55
(C) 日機装株式会社

インスリン抵抗性を測定するには,まず 高濃度のインスリン点滴から開始して,血中インスリン濃度が 100μu/mlで一定になるように人工すい臓からの点滴速度を調節します.

もちろん これはほとんどの人にとっては,とんでもない高インスリン状態ですから,そのままでは低血糖→意識障害を起こしてしまいます.(そうです.これは危険を伴う測定なのです) そこで,この状態のまま 血糖値が100mg/dlで一定になるように,

同時にブドウ糖点滴速度を調節します.

多少変動はしますが,どこかで 血糖値=100mg/dl,インスリン=100μu/ml が平衡になるはずです.

この時のブドウ糖点滴速度(θ:線の傾き)が,その人のインスリン感受性を表しています.

なぜなら,筋肉などの糖取り込みが迅速なら,外部から大量のブドウ糖を次々と補給しないと すぐに低血糖になってしまうはずです.
逆に,インスリン感受性が低い=インスリン抵抗性が高ければ,100μu/mlという高濃度のインスリンが存在するにもかかわらず,筋肉はブドウ糖を取り込めないので,少量のブドウ糖でも血糖値が上がってしまうでしょう.

この方法で測定された,ブドウ糖点滴速度(中段グラフの線の傾き:θ)が,インスリン抵抗性を表しています.

  • 傾きがきつければ,インスリン抵抗性が小さい(=インスリン感受性が高い)
  • 傾きが緩ければ,インスリン抵抗性が大きい(=インスリン感受性が低い)

もしも,傾き=ゼロだったら,これほど高濃度のインスリンが存在するにもかかわらず,外部からのブドウ糖補給なしでも 血糖値が下がっていかないことを意味しますから,究極のインスリン抵抗性ということになります.

なぜ,高濃度のインスリンを?

ここまでのところで,この試験は,危険なものだとおわかりいただけたと思います. とんでもない量のインスリンを点滴され続けた状態で,同時にブドウ糖も注入して,辛うじて一定の血糖値を保つ,一つ間違えば命にかかわります. ご覧の通り,ほとんど人体実験です.

『こんなに高濃度のインスリンで試験する必要があるのか?』と誰しも思うでしょう.

それは,被験者自身のインスリン分泌や,肝臓からの糖放出(グリコーゲン分解や糖新生での)をすべてを凌駕して,純粋に筋肉・組織の糖取り込みだけを評価するには,これくらいインスリンを高濃度にしなければならないからです.

通常の診療・治療では 行われません

正確にインスリン抵抗性を測定するには,こんな大変な方法しかないのです. いや,この方法ですら,厳密には肝臓のインスリン抵抗性は測定できていません.

もちろん クランプ法測定は,糖尿病を治療する病院で検査として行われることはありません. 研究機関で,入念な安全対策の基に,事前の書面承諾を得た 正常者又は糖尿病患者にボランティアを対象に研究データを得るために行われます.ですから;

通常の糖尿病患者が,自分の『本当のインスリン抵抗性』を知ることはまず不可能です.

クランプ試験は,もしも頼まれたとしても,私は受けたくないですね.百万円 出すからと言われてもお断りです. 1億円? ...ちょっと考えさせてください.

[4]に続く

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