ケトン体は『飢餓時だけに生成される非常エネルギー』なのか[8]

このシリーズは,第24・25回日本病態栄養学会で紹介された医学文献に沿って,『ケトン体が危険と言うのは間違い. それどころか人体には必須で有用なものである』という趣旨で書き進めております.

ここまでのところで,本館の『お問い合わせ』 及び 別館のメッセージ経由で たくさんのご意見・感想をいただいております.

ケトアシドーシスを起こすではないか

ご意見の中で もっとも多かったのが これです.

『何といおうと,ケトン体はケトアシドーシスを起こすではないか. だからケトン体は危険なのだ』

たしかにケトアシドーシスを起こした人は,血糖値や血中ケトン体濃度がとんでもなく高くなっています.
また血糖値は200mg/dl以下なのにケトアシドーシスを起こす正常血糖 糖尿病性ケトアシドーシス というものもあります.

ケトアシドーシスは 血中 重炭酸塩濃度 <15 mmol/L and/or 血液のpH(静脈で pH <7.25 又は動脈で <7.30) で定義されており,血中ケトン体濃度で定義されているわけではありません.実際の症例では 総ケトン体 ~40mMというすごい値もありますが,いずれにせよケトアシドーシスを起こした人の血中ケトン体濃度は高い,これは事実でしょう.

しかし,その逆,つまり 血中ケトン体濃度がある数値以上に高くなれば,必ずケトアシドーシスを起こすのでしょうか?

この記事に書きましたように,生まれたばかりの新生児の血中ケトン体濃度は ~0.5mMと成人よりもはるかに高いです.糖質制限食を11年以上続けている私でもこんなに高くなったことはありません.
では,新生児は全員ケトアシドーシスを起こして生まれてくるのでしょうか. そうだとしたら My First ケトアシドーシスですが.

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また長期絶食,すなわち断食修行している人の血中ケトン体濃度はもちろん高いです. しかし全員が全員ケトアシドーシスを起こすわけではありません.

更に言えば『飢餓』と『絶食』とは まったく別物です.

『飢餓』とはそのまま放置すれば餓死する状態ですが,『絶食』であれば,相当長期間でも人間は耐えられます.下図は40日間絶食を続けたデータですが,ご覧の通り ケトン体(β-ヒドロキシ酪酸)や遊離脂肪酸の血中濃度はほぼ一定値で保たれるようになります. つまり脂肪酸酸化で得たケトン体で全エネルギーを賄う代謝調整ができるのです.

この点だけを見ても『ケトン体は飢餓状態になると産生される』という表現は間違っていますね.

したがって 高ケトン体濃度は ケトアシドーシスの必要条件ではあっても十分条件ではありません.

では糖尿病でケトアシドーシスに陥った人と,断食でもケトアシドーシスを起こさない人の差はなになのでしょうか

断食修行している人は,断食はしていても,いや むしろ断食しているからこそ 水分補給は欠かしません.
ところが,糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の症例を見ると;

副作用モニター情報〈519〉 SGLT2阻害薬による正常血糖糖尿病性ケトアシドーシス(eDKA:euglycemic DKA) – 全日本民医連
Dehydration and insulinopenia are necessary and sufficient for euglycemic ketoacidosis in SGLT2 inhibitor-treated rats - Nature Communications
The use of sodium-glucose transport protein 2 (SGLT2) inhibitors for the treatment of diabetes has been associated with ...

いずれも (1)血糖コントロールが悪い状態で (2) 脱水気味だった時に ケトアシドーシスが起こっていることがわかります. これが断食している人との差でしょう. 健常人であれば,水分さえ補給されていれば 長期間の絶食には耐えられるのです.その時 ケトン体濃度は上がりますが,必ずケトアシドーシスを起こすというわけではありません.

医師がケトン体は危険だと言っていた

次に多かったご意見が

『私のかかりつけ医にも尋ねてみたが,やはりケトン体は危険だと言っていた. 医師が言うのだから間違いない』

これにはどうお答えしたらいいでしょうね.ここまで長々と書いてきたので,私の主張の主旨(というか医学文献に書いてあったことなのですが)は明らかだと思います. よって,このブログをプリントアウトしてその先生に見ていただき,どうお答えになるか,こちらが知りたいですね. 誰が言ったかではなくて,正しいと思う方を信じてくださいとしか言えないですが.

おそらくその先生は ケトアシドーシスのことを指しているのだと思いますが,『低濃度では危険ではないが,一般にケトン体濃度が数mMを越えると…』などという説明を素人相手には面倒だと思っただけではないでしょうか.

ケトン体は燃えカスだ

そして,もっとも目を疑ったのが

『ケトン体は脂質からエネルギーを得た燃えカスだと,病院でもらった解説資料に書いてある』

というもの.

たしかに 『糖尿病』『ケトン体』『燃えカス』の3つのキーワードでGoogle検索してみると,いや出るわ出るわ. 本当に病院の,それも大病院のホームページにもそう書かれています.
記載の文章をそのまま転記はしませんが,こんな感じです.

糖尿病患者はエネルギー源となるブドウ糖を十分に利用できない.
そこで代わりに脂肪を燃焼させている.
この時 燃えかすとしてできたのがケトン体である

驚きました.燃えカスということは,もはや何の生理的作用も存在しないことになりますが,ケトン体は人体のエネルギー源です.最新の医学文献でなくとも50年以上前の文献にもそう書いてあります.もちろん基本的な医学の教科書にもそう書かれています.それを真っ向から否定した こんなトンデモが大病院の糖尿病解説資料に本当に書かれているのですね.

そう言えば,どことは言いませんが,大学医学部の糖尿病教室のページには,

  • 糖代謝がうまく運ばなくなると細胞内でブドウ糖のエネルギーが有効利用されないため、脂肪を分解して利用し、 その結果ケトン体という副産物ができます。
  • インスリン依存型糖尿病の患者さんがインスリン注射を止めてしまうと、体内で糖のエネルギーが殆ど利用できなくなります。 そして脂肪を分解してエネルギーを取り出す結果、体内にケトン体という有害物質が多量に作り出されます。
  • 石油ストーブに粗悪な燃料を入れたために不完全燃焼をおこしている状況を想像して下さい。 燃えにくいからすすが出る、芯にすすが溜まるとますます燃焼効率が悪くなり、 さらにすすが増える・・・、そんな状況に似ていますね。

という記載が,もう10年以上も掲載され続けています.ですが この文章はややカタいので,これをもっと『わかりやすく』して『燃えカス』としたのは親切心なのでしょう.
おそらく,尿にケトンが検出された時に 患者への説明用として こう書いているのでしょうね.

しかし,これは だめでしょう. 『ケトン体が飢餓時になって初めて生成される』と思われていた昔の文献ですら,ケトン体はエネルギー源であることは認識していました. それを『燃えカス』と言っては,エネルギー源であることすら否定しているわけです.いかなる文献にも,もちろん教科書にもそんなことは書かれていません.

おそらくケトアシドーシスの危険性をわからせるために『患者にはどうせ理解できないだろうから,こう書いておこう』ということなのでしょうね. 医師の患者蔑視を垣間見た思いです.

[9]に続く

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