インスリン抵抗性を考えてみました[10] HOMAだけでは説明できないこと

HOMAの概念

HOMAの概念図

HOMAは人体の血糖値が平衡に達する状態を完全に数学モデル化したものです.

脳も含めた各臓器の応答動作は,自分の周囲の血糖値及びインスリン濃度のみで決定される.その動作は精密ではあるが,完全に機械的に応答するものとする.

これがHOMAの大前提です. そこでは,膵臓・肝臓・筋肉などの臓器,そして脳までもが,血糖値/インスリン濃度の高低に対して受動的に応答しているにすぎません.

しかし,この前提を揺るがすような説が出されています.

Metabolic Information Highway

本文とSupplement(補足)合わせて,結構な分量の(そして難解な)文献ですが,PPARγ2(★)という,脂質の貯蔵と代謝を司る遺伝子についての報告です. PPARγ2は,脂肪組織だけでなく,肝臓にも発現しますが,この肝臓のPPARγ2 だけをノックアウト(不活性化)したマウスでは,全身の末端脂肪細胞での脂肪が増加し,そのために筋肉・脂肪細胞のインスリン抵抗性が増大することが見出されました.

(★) PPAR = Peroxisome Proliferator-Activatcd Receptor;ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体

ここまでなら,単なる現象の発見なのですが,なぜ肝臓でPPARγ2が作動しなくなると,全身の末端脂肪細胞での脂質代謝が変化(悪化)するのか,その経路を追跡すると,驚くべきことに,肝臓から迷走神経を通じて脳中枢に信号が送られ,脳はこれを受けて,末端脂肪細胞に交感神経を通じて指令を送る経路があることが見出されました. これが Scienceに掲載された理由です.

このことから,肝臓のPPARγ2の本来の役割は;

という救難信号を発信することのようです.

そして,この例からわかるように,人体の代謝は それぞれの臓器が 勝手に自己判断で動いているのではなくて,コントロールセンターである 脳中枢の指令によって,動いたり止まったりしているということです.

冒頭のHOMAの概念図では,脳は ひたすら血糖を取り込もうとする従属的な器官の一つに過ぎませんでしたが,この説では脳の位置づけはこうなります.

Metabolic Information Highway

脳は脇役ではなく,肝臓・膵臓含めすべてを制御する主役なのです.

そうだとすると,HOMAは数値計算でクランプ試験の結果をよく再現しましたが,それでもすべてを説明しきれなかったのは,このように『単純数式では表せない』高度な人体代謝機構が存在するからだと思われます.

[11]に続く

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