糖尿病治療ガイド 2024 その2

こういう記事を書くと,またもや『お前は何者だ』というメッセージが飛び込んでくるのでしょうか.
でも 書きます.

日本糖尿病学会が一般内科医向けに 11月19日に発行した『糖尿病治療ガイド 2024』(以下2024年版)と,旧版の『糖尿病治療ガイド 2022-2023』(2022.4.15.発行. 以下旧版)とを読み比べています.

2024年版では第1章『糖尿病 疾患の考え方』において『糖尿病に関わるスティグマとアドボカシー』(p.10)という新たな一節が作られました.

最近の糖尿病患者は よほど重症でない限り,見た目には健常人と変わらないし,これといった症状もなく,普通の社会生活を過ごしている人がほとんどです. つまり「昔の糖尿病患者」と現在の糖尿病患者は まるで別物です.なので,この節では 大要 下記のように述べています.

糖尿病患者は,ただ糖尿病と診断されたというだけで,数々の社会的不利益や,『だらしない生活をするからだ』などという偏見(=スティグマ)に悩まされている.医師は,単にこのようなスティグマを持たないだけでなく,その偏見解消(=アドボカシー)にも率先して取り組まねばならない

ただし,このような記述は,今回の2024年版で 初めて登場したのではなく,実は旧版(p.32)でも,さらにそれ以前の『糖尿病治療ガイド 2020-2021』(p.32)でも掲載されていました.しかし 旧版以前では「コラム」として,治療ガイド本文の外に付記する形でした. それが2024年版では,正式に治療ガイドの本文の記載として格上げされたのです. また記載分量も以前に比べて多少増えています.

これ自体はまことに結構なことであり,素直に拍手を送ります. しかし,一つだけ腑に落ちない点があります.
それは

なぜ,スティグマが生まれたのか. それはどのようにして発生し,広まったのか

これについては まったく触れていないのです. 2024年版だけでなく,ずっと以前からそうです. スティグマの発端は何だったのでしょうか? 国民の間で何となく自然発生的に生まれた? まさかね.誰かがそう主張したから広まったのでしょう.

この記事にも書きましたが;

『糖尿病治療ガイド』には 初版(1995年)から 今日までずっとこう書かれてきました.

【糖尿病とは】
2型糖尿病は,インスリン分泌低下やインスリン抵抗性をきたす素因を含む複数の遺伝因子に,過食(とくに高脂肪食),運動不足,肥満,ストレスなどの環境因子および加齢が加わり発症する.

これは 初版の1995年版から,旧版の2022-2023版まで まったく同じです.
そして,今回の2024年版を見ると すこし変わって こうなっていました.

(2型糖尿病は)インスリン分泌の低下やインスリン抵抗性をきたす複数の遺伝因子に過食(とくに高脂肪食),運動不足などの環境因子が加わってインスリン作用不足を生じて発症する.

糖尿病治療ガイド 2024 p.7

ぞるばは,長年にわたって治療ガイドに掲載されてきたこの表現が,スティグマを発生させた(あるいは少なくとも助長してきた)と考えます.

たしかにこの表現は,医学的には妥当でしょう.

インスリン不足 あるいはインスリン抵抗性をきたしやすい遺伝的素質を持った人に環境要因が加わると,発症リスクがある限界レベルを越えると糖尿病になる,と述べているだけなのですから.この図のように,同じような生活をしていても,糖尿病を発症するかどうかは 人によって大きく異なります.

しかしながら,『遺伝』・『加齢』・『ストレス』,これらは 本人にとっては 何をどう努力しても どうしようもないことです. つまり『本人の責任』ではありません. (「何でもないことをストレスと感じる方が悪い」と責める人もいるかもしれませんが).

とすると,本人の責任を問えない因子を除外すると,消去法により それ以外は本人のせいとなってしまいます.

2型糖尿病は遺伝因子に,【過食】・【運動不足】が加わって発症する

この文章だけを単純に読んで裏返すと;

2型糖尿病は遺伝因子があっても,【過食】・【運動不足】がなければ発症しない

したがって すべての2型糖尿病は 【過食】・【運動不足】で発症する=本人が悪い

とこうなってしまいます.

そんな単純な解釈をする愚かな医師などいるはずがない,と突っ込まれるかもしれません.しかし 実際に学会のシンポジウムや症例報告でも,『HbA1cが改善しないのは食事療法を指示通りに守らず,隠れて間食しているからだ』と頭ごなしに どなりつける医師が実在することが 多数報告されています.

現在 学会では,『糖尿病』という言葉をやめて『ダイアベティス』に置き換えるよう提唱しています.それは糖尿病の人が,ぐうたらでだらしないという,いわれなき偏見(スティグマ)を受けているからだ,という理由なのですが,そのいわれなき差別が生まれたのは,25年間にわたり,いや今回で26年にわたり, 日本糖尿病学会『治療ガイド』のこの記述の『成果』ではないでしょうか.専門学会が発行した資料に『2型糖尿病は食べすぎと運動不足で発症する』と明記してあるのですから,全国の医師,新聞・テレビなどのメディア,そして 最終的には一般国民全員がそう信じこむのは当然でしょう.スティグマの原因を作り出しておいて,いまさら スティグマをどう解消してくれるというのでしょうか.

コメント

  1. 西村典彦 より:

    2型糖尿病の原因のひとつに過食(とくに高脂肪食)とありますが、原点に立ち返って高脂肪食が原因なのでしょうか。
    過食は原因かもしれませんが、脂肪摂取はそのままで炭水化物を減らして適正カロリーにすれば糖尿病は速やかに改善するでしょう。改善すると言うことは発症も抑えられるでしょう。
    高炭水化物を良しとする目で見れば高脂肪食が悪に見えるのでしょう。高脂肪食は単にカロリーオーバーなだけで脂肪が直接糖尿病を発症させるわけではないでしょう。
    そのまま高脂肪食を続けても炭水化物を減らして適正カロリーにすれば糖尿病は改善するし発症もしないのではないでしょうか。
    過去から現在に至るまでガイドラインの出発点から誤りがあれば、そりゃ糖尿病患者が減らないのも納得です。

    • しらねのぞるば より:

      追って別記事にまとめますが,

      >高脂肪食は単にカロリーオーバーなだけ

      治療ガイドに書かれている「高脂肪食」は,「脂質の絶対摂取量が多い食事」という意味ではないようです.「P/F/C比率でFが高い食事」という意味のようです.つまり カロリー無関係にF%が高い食事は有害という決めつけなのです.だから糖質制限食を忌み嫌うのでしょう.

      これは『食の欧米化が糖尿病の原因である.和食が理想食』と頑迷に主張する学会重鎮に誰も反対できないからではないかと推測しています.