日本糖尿病学会の食事療法ガイドライン改訂はどうなった[2]

『糖尿病患者の基礎代謝は低いに決まっている』
なぜ そういうことになってしまったのでしょうか?
また どうして誰もそれを疑わなかったのでしょうか?

糖尿病患者は一目でわかる

日本内科医の重鎮 現在93歳の後藤由夫先生が,著書 『私の糖尿病50年』にこう書かれています.

当時【注:1961年】は血糖検査の機会もなく(*),糖尿病が進行して[多尿],[多飲],[多食]となり体重が[減少]する「三多一少」の高血糖症状が顕著になり,だるい,疲れやすいなどの症状があって受診する人が大部分であった.現在のように無症状,軽症のうちに健診で発見される人はなく,自然経過で症状を訴えて医療機関を訪れていた.

後藤由夫『私の糖尿病50年』

(*) 今でこそ健康診断で血糖値を測定するのは当たり前ですが,当時は血糖値の測定法すらなかったのです. 尿糖試験紙すらなく,ただ 試験管に尿を採り,試薬(次硝酸ビスマス)を入れて加熱すると,ブドウ糖により還元されて,ビスマス金属が析出し黒変するその色合いを見て,尿中の糖濃度を測定するという方法[ニーランデル反応]で,尿に糖が出ていれば『糖尿病』だったのです.

(C) acworks さん

中には顔をみるだけで糖尿病とわかる方もいた。長年高血糖のままでいると、多尿で水分が失われて皮膚が乾燥してカサカサになり、皮膚紅潮rubeosisのために頬が赤くmonkey faceになっているからである。1日の尿糖排泄量は50gを越えるものが多く、ときには200g以上の例もあった。尿糖含量が多い場合には、黒いズボンや靴についた尿の飛沫が乾燥するとぶどう糖が析出して白点となる。それをみるだけで糖尿病とわかった。

後藤由夫『私の糖尿病50年』

もちろん 尿糖値=20mg/dlなどという数値は出ません.ただその色の濃さから経験で判断していたようです.まして尿ではなく血液中のグルコース[ブドウ糖]濃度を測定するというのは,ほとんど化学実験のようなものでした.

つまり,当時の糖尿病患者とは,現在でいう末期重症になって初めて本人もおかしいと感じて病院に駆け込んだ人がほとんどだったのです. 当然そのような状態では,顔色は悪く体はやせ細り,どう見ても 代謝は正常ではないでしょう.

(C) K-factory さん

学校の定期健康診断で尿糖試験紙で簡便に検査できるようになったのは1973年からです.職場の健康診断で空腹時血糖値測定が法律で義務付けられたのは1998年です.実際には1970年代には,ほとんどの会社で血糖値を測定するようになりましたが[※].

[※]そして,その頃から『日本では糖尿病患者が増えている』と言われ始めたのですが,単に全員の検査を始めたから 見つかる人が多くなっただけなのです.このことは別記事にでもまとめます.

時代背景が違う

『糖尿病のための食品交換表 第1版』が刊行された1965年とは,そういう時代だったのです.

よって,その当時の【典型的な糖尿患者】を前提に,代謝測定(といっても,現在の正確な 二重標識水法などはないので,呼気測定法などで)をしたところ,

「各種疾患のエネルギー代謝を実測した結果、健常人の標準的な1日所用熱量に比較して糖尿病患者は約10% 低いことが分かり……

と,そりゃそうでしょう,当時の糖尿病患者と今の糖尿病患者とでは,まるで違います.この時代に『糖尿病患者の基礎代謝は低い』としたことは間違いではありません. 事実 痩せこけて顔色の悪い当時の糖尿病患者はそうだったのです. しかし,その文言を,糖尿病の自覚症状も出ていない現在の糖尿病患者に何の疑いも持たずにそのまま適用しているところが間違っているのです.日本語としてはどちらも『糖尿病患者』ですが,両者は別物です.

[3]に続く

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