第66回日本糖尿病学会の感想[18] 一直線かマトリクスか

【この記事は 第66回 日本糖尿病学会年次学術集会を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

思考スタイル

人の思考スタイルは二つに分けられるでしょう.

一本道思考

目の前の疑問・課題を次々と即断し,がむしゃらに前へ前へと進んでいきます. 多少の迷いはあっても,とにかく進むこと優先します.

(C) カフェラテ さん

私は現役時代,新卒採用なども担当していましたが,特に企業の人事部門はこのタイプを好みます.

マトリクス思考

その正反対なのが,そのつど可能な選択肢を比較して(可能ならば その先も予想して),Aの道を進んだ場合,Bの道の場合,Cの道の場合,さらにその先...などを比較検討して進むタイプです.この場合,どんどん思考は発散していきます.ですから おそらくいつまでたっても結論は出ません.

(C) さとう さん

しかし,ある時点で『これは絶対に正しい』とされていた定説ですら,簡単にひっくり返るのが科学の世界です.特に医学ではそうです.『糖尿病患者の基礎代謝は健常人より低い』という定説が間違っていたり,『ケトン体が有害というのは誤りだった』というのが好例ですね. 失敗と誤謬をくり返して こけつまろびつしながらも進んでいくのが科学 Scienceなのですから.

それに対して 一本道思考の場合は,なにしろ迷わずに 次々と道を踏み固めていくので,思考はどこまでも進んでいきます. ところが,気が付くと トンデモの結論に至っていたという危険性もあります.

私の場合は,圧倒的に後者のマトリクス思考です. 特に『この説により,糖尿病は完全に解明された』などと,いかにも断定的に決めつける意見に接した場合は,必ずそれと正反対の意見を探して比較します.

糖尿病専門医の学会である 日本糖尿病学会,そして管理栄養士の学会である日本病態栄養学会,これらに参加し続けてもう10年以上ですが,ある時点で不動の定説とされてきたものが,時を経ると揺らいできたり,正反対に裏返ったりすることをたくさん見ました.しかし,それだからといって,けしからんとか 不安になるのではなく,それこそが進歩している証だと思っています.

今回の学会でもそういうケースが見られました.

受容体活性化薬

今回の学会の特別講演で,GIP受容体とGLP-1受容体とを同時に活性化する チルゼパチド Tirzepatide(商品名:『マンジャロ』)を開発した Eli Lilly社の William Roell博士の講演が行われました.

ここで受容体活性化薬とは,例えば GLP-1受容体活性化薬であれば,GLP-1受容体を『騙して』,あたかも本物のGLP-1が,それも大量に届いたかのように錯覚させてインスリン分泌を促進する薬です.

同様に GIP受容体活性化薬は,やはり GIP受容体にも働きかけて,実際の量よりもはるかに多いGIPが到達したかのようにみせかけてGIP受容体をフル稼働させます.

そして 二重受容体活性化薬(デュアルアゴニスト),すなわち最近発売されたチルゼパチド(『マンジャロ』)は,GIP受容体とGLP-1受容体とを 一つの薬剤でどちらも活性化する薬です.投与後 血糖値や体重を大きく低下させると報告されています.特に体重の低下は,現在肥満治療薬としても使われている セマグルチド(オゼンピック or リベルサス)よりもさらに強力です.

Frias 2021 Fig.2Bを訳

しかし,一番印象的だったのは,講演の最後で,何と三重受容体活性化薬(トリプルアゴニスト:Triple Agonist)の登場も近いという話でした. 従来の常識を覆す内容だったからです.

[続く]

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