グルコキナーゼ活性化薬[3]グルコース恒常性

前回記事の通り,投与開始直後には まるでインスリンかと思うほどの強力な血糖値低下を示したグルコキナーゼ活性化薬 MK-0941は,投与量が多いほど,また投与期間が長くなるほど,その効果は減少し,ついには 無投薬の状態とほとんど変わらないほどになってしまいました.

どうしてこんな不思議なことが起こったのでしょうか?

グルコース恒常性(Glucose Homeostasis)

2010年に 米国糖尿病学会(ADA)が,その時点でのグルコキナーゼ活性化薬の現状と展望についてレビューしています.

著者のMatschinsky博士は,このレビューで非常に基本的な,したがって非常に重要なことを述べています. それは グルコキナーゼが肝臓と膵臓とに存在していて,血糖値を調節する=『グルコース恒常性』を司っているのだという点です.

上図は,その全体像を示したものです.(ただし,著者は 図の膵臓α細胞については,多分に推測に基づいていると注釈しています. そのため GKのマークを非常に小さく書いているのがほほえましいですね)

肝細胞では:
・血糖値が高い場合,グルコキナーゼが 濃度勾配により流入してくるグルコースを次々とリン酸化して,下流側ではそれをグリコーゲンに変換していきます.
・逆に血糖値低ければ リン酸化を行わないので,下流ではリン酸化グルコース(G6P)が途絶えて,グリコーゲン分解が促進されます.

一方膵臓β細胞では:
・血糖値が高い場合,グルコキナーゼが多量に取り込んだグルコースによりATP産生が促進され,その結果 ATP/ADP比率が高くなると細胞のKチャネルを閉じて脱分極(=細胞膜の内外の電位差を低下させる)して,それによりCa++チャネルが開きインスリン分泌が増加する.
・血糖値が低い場合は,上記の逆となりインスリン分泌が停止する.

つまり,グルコキナーゼが高血糖/低血糖に応じて [グリコーゲン合成/分解]と[インスリン分泌促進/停止]の采配を行っているわけです.
グルコキナーゼは,この膨大なネットワーク作業の入り口に陣取って,いわばオーケストラの指揮者の役割を果たしているといえるでしょう.

しかしMK-0941は,このグルコキナーゼの活性を,ガラリと違うものに変えてしまいました.

当然ながら その影響は広範囲に及ぶでしょう. その結果何が起こったか.

肝機能が混乱

MK-0941が予想外の結果に終わった原因については,(動物実験ですが)この文献で こう報告されています.

MK-0941を連続して投与されると,肝臓では グルコースをリン酸化するグルコキナーゼとは正反対の反応,つまりリン酸化されたグルコース(G6P)を元のグルコースに戻す グルコース-6-ホスファターゼという酵素が亢進していることが確認されたと報告しています.

この図に示したように,解糖系においては ほとんどの反応は可逆的[青 矢印]です.つまり平衡がどちらかに傾くと,それを解消するように反対方向の反応が進行するようになっています.例えば 一番下の ピルビン酸があまりにも増えると,ピルビン酸をホスホエノールピルビン酸に戻す逆反応が優勢になり,それも増えると更に3ホスホグリセリン酸に戻してしまう…という具合です.

ところが,グルコキナーゼが行う 最初のグルコースのリン酸化反応だけは非可逆的[赤 矢印]なのです.
したがって活性を高められたグルコキナーゼが,次々とグルコースをリン酸化して グルコース6リン酸(G6P)を洪水のように下流に流すと,川下のピルビン酸が過剰になり,肝臓内でのグリコーゲンへの変換能力がパンクしてしまったのです.

それでも すべての解糖系反応が可逆的であれば,川下側から上流方向に逆反応が優勢になって洪水は止まるはずなのですが,グルコキナーゼによるグルコースリン酸化反応は非可逆なので,結果として大量のグルコース6リン酸(G6P)が細胞内にあふれることになりました.

これを解消すべく,グルコキナーゼとは まるで正反対の動作をするグルコース-6-ホスファターゼを増やして,逆に肝臓からグルコースを押し戻し始めた[緑 矢印]のです.

以上のことを全体としてみれば,結局活性を高めたグルコキナーゼがせっせとグルコースをリン酸化して下流に流しても,グルコース-6-ホスファターゼがそれと正反対の動作でグルコースを細胞外に押し出していたことになります. つまり,見かけ上 グルコキナーゼの活性化は帳消しにされていたのです.その結果,血糖値は下がらなくなり したがってHbA1cがリバウンドした...これがMK-0941の不思議な結果のメカニズムのようです.

言われてみれば,これは当然の帰結かもしれません.

グルコキナーゼは,ヘキソキナーゼとは異なり,血糖値の高低に応じて活性をアナログ的に変化させているからこそ,『速度計』の役目を果たせていたのです.それを極端に活性を高めてヘキソキナーゼのようなデジタル動作にしてしまっては,もはや速度計にはなりえません.軽くアクセルを踏んだだけなのに 即座に200km/hに振りきれてしまう...これでは速度計としては用をなさないでしょう.

そうです.MK-0941は,ユニークな特性がウリだったグルコキナーゼを,普通のヘキソキナーゼに変えてしまったのです.

[続く]

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