日本糖尿病学会の診療ガイドライン
日本糖尿病学会の「診療ガイドライン 」 は,2004年に初版刊行以来,現在まで 几帳面に3年おき/4回の改訂が行われてきました.
- 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン(2004.5)
- 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 改訂第2版(2007.6)
- 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 2010(2010.9)
- 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 2013(2013.5.25)
- 糖尿病診療ガイドライン 2016(2016.5.23)
ですから,今年は改訂の年にあたり『糖尿病診療ガイドライン 2019』が発行される予定でした.しかも前2回は,糖尿病学会 年次集会の会場にて,書店に並ぶよりも一足 早く発売開始しており,これが恒例化していたため,当然今年の仙台での学会でもそうなるものと思っておりました.
ところが,今年の学会では 2019版の発行が突如延期されてしまいました.
仙台の学会会場では,非公式に『発行は夏頃に延期』と聞きましたが,本日時点で学会のホームページ を見ても動きはありません.
一方で 厚労省の 『日本人の食事摂取基準(2020年版)』は,既に その内容は確定しており ,医療関係者への内容説明・研修会 も 9月4日の東京を皮切りに全国で開催されます.
厚労省『日本人の食事摂取基準』とは
カロリー摂取だけでなく,すべての栄養成分について基準が示されています.日本の健常者及び糖尿病患者の標準的なカロリー摂取基準について,前回の2015年版では;
糖尿病患者の基礎代謝量は、体組成で補正した場合、健康人に比べて差がないか5~7% 程度高いとする報告が多い。保健指導レベルの高血糖の者では基礎代謝量の増加はこれより少ないと報告されており、保健指導レベルの高血糖(空腹時血糖:100~125 mg/dL)では、耐糖能正常者と大きな差はないと考えられる。糖尿病患者と耐糖能正常者の間でPAL(*) 及び総エネルギー消費量に差を認めていない。したがって、保健指導レベルの高血糖では、PAL、総エネルギー消費量共に健康人とほぼ同じと考えて体重管理に当たってもよいものと考えられる。
(*) PAL =Physical Activity Level 身体活動度
としていた表現を,2020年版では,更に進んで;
糖尿病患者の基礎代謝量は、体組成で補正した場合、耐糖能正常者に比べて差がないか 5~7%程度高いとする報告が多い(肝臓の糖新生等によるエネルギー消費によると考えられる。 保健指導レベルの高血糖者で検討した成績は少ないが、横断研究で睡眠時代謝量は 耐糖能正常<耐糖能異常(impaired glucose tolerance;IGT)<糖尿病、同一個人の基礎代謝の継時的変化も 耐糖能正常<IGT(+4%)<糖尿病(+3%)であった。したがって、保健指導レベルの高血糖(空腹時血糖:100~125 mg/dL)では、耐糖能正常者と大きな差はないと考えられる。二重標識水法により糖尿病患者の総エネルギー消費量を見た研究によれば、糖尿病患者と耐糖能正常者で、PAL 及び総エネルギー消費量に有意差を認めていない。したがって、保健指導レベルの高血糖者のエネルギー必要量は、健康人とほぼ同じと考えて体重管理に当たってよいものと考えられる。
『二重標識水法により糖尿病患者の総エネルギー消費量を見た研究によれば』つまり,厳密・正確に測定した実測値なのだからこちらが正しいのだよ,と念押ししています.
ところが日本糖尿病学会のガイドラインでは
現時点での最新,つまり『糖尿病診療ガイドライン 2016(2016.5.23)』を見ると,一応 厚労省の『日本人の食事摂取基準2015年版』には言及はしているものの(p.41),それは ほとんど無視する形で 相変わらず『総エネルギーの適正化を図る』(p.40)と記載しています.
具体例で比較すると
身長 170cm,40歳の男性を例にとって,糖尿病学会 および 厚労省がそれぞれの基準で推奨する 総エネルギー摂取量を計算してみます.
【厚労省】身体活動量別に;
- 低い: 2,300kcal
- 普通: 2,700kcal
- 高い: 3,050kcal
【糖尿病学会】労作度別に;
- 軽い: 1,589~1,907kcal
- 普通: 1,907~2,225kcal
- 重い: 2,225kcal~
となって,糖尿病学会の推奨する摂取カロリーは一番多いケースでも,厚労省基準のもっとも少ないケースよりもさらに低い値になっています.
糖尿病学会が,「重労働の人なら これくらいのカロリーを摂ってもいいですよ」という数値は,厚労省の(こちらは実測値です)運動不足気味の人に許されるカロリーよりも少ないのです.
この違いをどうするのか
厚労省は 全国の医療関係者向けに『日本人の食事摂取基準(2020年版)』の内容周知徹底のための研修会を,年内に完了させてしまいます. つまり『医療関係者はこれに従ってください』と通達しているわけです. ところが,日本糖尿病学会の新ガイドラインが出ないと,2016年版のままであり,両者は異なる 『適正エネルギー』を,しかも全然違う数値で推奨することになってしまうので,これは許されないでしょう.
タイムリミットはすぐそこ
では,遅れているガイドライン発行を学会が『年末までに出せばいい』のでしょうか? そうではないと思います. タイムリミットはもっと手前にあるのです.
[5]に続く
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