第62回 日本糖尿病学会 年次学術集会 【食事療法関係】

仙台で行われた学会に参加してきました. 今回の注目点は,学会の食事療法に関するスタンスが変わるのかどうかでしたが,この点に関して,ご報告いたします. なお,グラフなどはスライドの手書きスケッチなので,正確ではありません.

【1】糖尿病治療ガイド 2019年改訂版の発行は延期

多くの方が,今回の学会でガイドライン,特に食事療法のガイドラインが改訂されると予想していたのですが,まさにその食事療法について学会内部で意見がまとまらなかったことが発行延期の原因のようです. 『決められない政治』はここにもあります.

大体,初日 5/23の朝に学会会場(仙台 国際センター)に着いた時,嫌な予感がしました. なぜかといえば,医学書販売コーナーで,どの書店のブースにも 旧版の治療ガイド(2018-2019)が山積みされていたからです.

この学会で新ガイドラインが出るのなら,旧版はもう売れるはずのないものですから,『これでは 改訂版は出ないんじゃないのかも…』と思いましたが,悪い予感ほど的中するものです.

とはいえ,今年1月の日本病態栄養学会で『予告』されていた内容,つまり;

  • 従来過少であった設定カロリーは見直す.
  • 年齢・性別を問わず,BMI=22を一律に標準体重としていたのを見直す.
  • 高齢者のフレイル・サルコペニア対策として,蛋白質摂取を奨励する.

この点については,確定していたようです.
とすると,消去法により,カロリー制限食の変更についての合意が得られなかった可能性があります.ただしこれはあくまでも私の推測です.

【Featured Symposium 5】ガイドラインからみた食事療法の課題と展望

今回唯一の食事療法に関するシンポジウムでした.学会最終日の午後という日程設定からみてもわかるように,本来ならここで新ガイドラインが詳しく紹介されるはずだったのでしょう. 各講演内容にはそれがうかがわれます. ただし新ガイドラインで合意できなかったのは残念ですが,その点を割り引いても このシンポジウムの内容は実に充実したものであり,仙台に来た甲斐はありました.

シンポジウムの座長が 慈恵医大の宇都宮一典先生は妥当としても,もう一方の座長が伊藤千賀子先生でした,食品交換表を聖典とあがめる方ですが,まだご健在なのですね.

事前に配布された抄録集では,このシンポジウムの内容は一切記載されていませんでした(冒頭の宇都宮座長の食品交換表のこれまでの歴史概観のみが掲載されているだけで,それ以外の講演は演者名とテーマのみ).新ガイドラインをここで発表という予定だったのだから当然です.以下,講演を聞きながら書き留めたメモです.

【FS5-1】 糖尿病の食事療法における課題 慈恵医大 宇都宮一典先生

ガイドラインの改訂は間に合わなかったが,現時点での改訂原案を紹介する.

[食事療法を糖尿病患者一律に規定するのはもはや不可能]

日本人の糖尿病は,インスリン分泌不全が特徴だったが,近年は欧米型の肥満-インスリン抵抗性の糖尿病も増えており,両者が混在している.また合併症も多種多様,最近ではいわゆる3大合併症以外にもガン・認知症との関連も指摘されている. このような状況では,糖尿病患者に一律に同じ食事療法を適用するのは不合理.

[個別化が必須]

日本社会の高齢化に伴い,高齢者の糖尿病が増えている. その一方で,小児からでも2型糖尿病発症も増加している. すなわち患者は子供から超高齢者まで多彩.これらに同じ食事療法は適用できない. 年齢・性別・病態を考慮して個別化された食事療法が必須である.

[いわゆる標準体重の見直し]

ひるがえれば,日本が戦後の混乱期の頃は食料事情・栄養事情がよくなかった.それが高度成長期にさしかかり食事内容も大きく変化した.食品交換表初版はまさにこの時期に出版され,そこでは当時の最適水準として 標準体重,後のBMI=22を規定した. ところが現在 世界各国の「健康上Bestな体重」は国ごとに異なる.しかも,総死亡率がもっとも低いBMIは,おおむね BMI=20~25をボトムとするU字カーブを描くものの,その最適値は,年齢・性別で異なる. また高齢化するほど,ボトムは右にシフトし,かつ幅が広がる傾向にある[図].これは日本のJDCSにて,糖尿病患者のデータを見てもその傾向はある. よって,同じ身長なら同じBMIであるべきという考えは適切ではない.

[従来の適正カロリーは過少すぎた]

本日のFS5-2の講演の通り,糖尿病患者であっても,消費カロリーは健常人と変わらない. また日常生活の軽労作・普通・重労作別のエネルギ係数も低く見積もりすぎていた.このことから,従来のカロリー制限食で設定していたカロリー設定は過少であり,これを見直す.また高度肥満者(BMI>=30)であっても,BMI=22とエネルギー係数25-30をめざして 1600kcalなどとしていた設定は,結局遵守不可能であり,過酷すぎたのであらためる.具体的には一気に適正体重をめざすのではなく,現実的な目標体重をめざす設定とする.

[高齢者のサルコペニア防止にむけて]

高齢者の総死亡率は,若年者・中年者では肥満とされるBMI=25以上で実はもっとも低いというデータに鑑みて,BMI=25を標準とする. また中年では BMI=22-25と幅をもたせる.若年のBMI=22はこれまで通り.

[改訂案の具体例]

身長170cm,体重90kg(BMI=31)の肥満者は,従来 65kgをめざすべしとして,1600-1900kcalの食事だったが,これをまず現実的な体重減少をめざして 2200kcalくらいを認める.同じく 身長170cm,体重50kg(BMI=17)極端な痩せ型の高齢者の場合は,サルコペニアが懸念されるので,摂取カロリー 2200-2500kcalくらいを推奨する.

【FS5-2】 エネルギー必要量の考え方 慶應大学 勝川史憲先生

勝川先生は,健常人と糖尿病患者(インスリン治療者,経口糖尿病薬服用者,食事/運動療法のみ,とすべての糖尿病患者を含む)とでは,エネルギー消費量に差がないことを,二重ラベル化水(Doubly Labeled Water)を用いて厳密に証明したCLEVER-DM Studyのメンバーでもあります. この研究成果はDiabetes に掲載された論文[*]にて報告されましたが,講演内容は,ほぼ この論文に沿ったものでした.

[*]Total Energy Expenditure Evaluated by Doubly Labeled Water Method in Japanese Patients with Diabetes Mellitus—Clinical EValuation of Energy Requirements in Patients with Diabetes Mellitus (CLEVER-DM) Study

[消費カロリーの正確な測定]

二重ラベル化水とは,水素を重水素(Deuterium),酸素をO18(普通の酸素はO16)とどちらも同位体である元素から作られた水で,Trace可能(注:放射性元素ではないので,おそらくGCMS=ガスクロマトグラフ質量分析計で). この二重ラベル化水を少量摂取してもらい,体外に排出される H2とO18の差を見れば,正確にCO2排出量,すなわち真の代謝エネルギーが測定できる,非常に正確な測定法である. 従来この方法がなかなか採用されてこなかったのは,二重ラベル化水が非常に高価(被験者1人あたり,10数万円)だったので,『推定』で済ませてきたのが実態.

[日常活動レベルと消費カロリー実測値との関係]

現代の日常生活において,エネルギー係数が 22kcal/kg というのは明らかに過少見積である. 今回の消費エネルギー実測値と,被験者の活動度計による運動量とを比較すると,30-40kcal/kgが妥当である.実際 海外含め多くの文献報告では,成長期の子供は高く 40kcal/kg以上,成人では健常人でも糖尿病患者でも30-40kcal/kgであって(痩せている人ほど高い),逆に 25kcal/kg未満という数字はほとんど報告例がみあたらない.

[過度なカロリー制限は肥満解消には逆効果]

高度肥満を解消させるために,極端に低いカロリー制限を行った場合と,緩やかなカロリー制限を行った場合とを比較したところ,減量達成効果は 緩やかなカロリー制限の方が達成率が良かったという報告が多い.過酷なカロリー制限は,逆効果である.

[食品交換表の 1単位=80kcalは現状に合っていない]

食品交換表は,初版以来ずっと 『1単位 = 80kcal』としているが,現代の食品ポーションサイズからかけ離れている. たしかに1960年代以前は,卵 M玉 1個は 50gで,約80kcalであった.しかし現在普通に売られている卵は,同じMサイズといっても,60g前後( JA規格では,M玉は 58-64g),100kcal前後であり,実態に合っていない.80kcalという『単位』に必然性はなく,むしろ100kcalにした方が計算もわかりやすくなるのではないか.

とりあえずここまで

ありていに言えば,従来の食品交換表は,まるで根拠のない低カロリー設定を『推定』して患者に押し付けてきたわけですが(しかも,それが肥満解消および糖尿病には,反論を許さぬ絶対真だとして),ここまでデータを示されれば,なにしろエビデンスを重視する糖尿病学会なのですから,カロリー設定見直しに全会一致の賛成で…かと思ったら,それでも反対する人がいたのでしょうか.

ここまでで 非常に長くなりましたので,以下の2題,および会場での質疑などは,次の記事に続きます.

【FS5-3】フレイル予防を目指した食事療法 名古屋大学 葛谷雅文先生
【FS5-4】CKD における食事療法の課題 滋賀医大 荒木信一先生

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