第27回日本病態栄養学会_感想[2完]

郷里で兄が急死したため,中断していた感想記事の続きです. 今度はいつ投稿できるのかわからないので,まとめて記載します.

第27回日本病態栄養学会 年次学術集会は,1/26-28の京都国際会館での現地開催,そして 2/6-26のWEB視聴と,すべての日程を終えました.

この学会に野次馬参加するようになって もう10年以上経ちますが,『今回も モトはとれたな』と思っている 大阪人=ぞるばです.現地 及び WEB視聴で聴いた 講演・口演発表は 約120本.非会員の参加費は 20,000円でしたから,1本あたり 164円.新聞・健康雑誌・テレビなどとはまるでレベルの違う情報を この値段で聴けたのですから,お買い得です.

この日本病態栄養学会と日本糖尿病学会の年次学術集会には,会員でなくとも 参加登録費さえ払えば誰でも参加できます.医学系に限らず学術学会では,おおむねこういうオープンな学会が多数派です. 学生は無料というところも多いですね.『学問は開かれたものであるべき』という考えからでしょう. (ただし,中には 会員のみ 又は会員の紹介がないとお断りという閉鎖的な学会もあります)

今学会でもっとも聞きごたえのあったのはこの講演でした.

 

合同パネルディスカッション 7 『肝疾患病態栄養専門管理栄養士に期待するもの』

本年4月から『肝疾患病態栄養専門管理栄養士』という認定資格が制定されます.これは日本病態栄養学会が,管理栄養士の中でも,特に肝疾患患者の栄養管理に精通していると認めた人に与える称号です.なんだか「栄養」という言葉がダブっているように見えますが,実は(ほとんど知られていないのですが),管理栄養士にもランクがあり,いわばヒラの管理栄養士の上に 『病態栄養専門管理栄養士』が存在し,さらにその上に 『病態栄養専門管理栄養士』が存在するという3段階構成になっているからです. 昨年までは の部分は,「がん」「糖尿病」「腎臓病」と3種でしたが,本年 さらに「肝疾患」が付け加わって4種になるのです.

この資格は,日本糖尿病学会と日本肝臓学会・日本栄養士会とが共同して創設したものです.なぜこのような『肝疾患病態栄養専門管理栄養士』という資格を制定する必要性があったのかを,ディスカッション4番目に登壇した愛媛大学 日浅陽一教授がくわしく解説してくれました.

 日浅教授の講演では,肝疾患について 正しい栄養知識を持ってもらわないと大変なことになる,と述べました.その理由は以下の通りです.

  • 肝炎が進行すると肝硬変になり,それはやがて肝臓ガンに至る.
  • 肝硬変の段階までは 自覚症状はほとんどない しかし,合併症は進行している.
  • 肝硬変に進行するとサルコペニア・肝性脳炎などを発症する.
  • なぜなら肝疾患においては,肝臓は栄養不足に陥っているからである.
  • したがって栄養評価(アセスメント),栄養管理は 治療そのものであり,早期の栄養介入が効果的である.

 ところが日浅先生は,この学会の別の講演(=コントラバシー4『肝性脳症[※]を伴う肝硬変患者の低タンパク質食の是非』)で,会場にいた参加者の実に83%が『肝硬変患者には低タンパク質食が必要である』と回答したことに愕然としたと述べました. この学会の参加者は ほとんどが管理栄養士です. 肝性脳症を起こすほど重度な肝障害においては,上記の通り なによりも肝臓に栄養補給を強化する必要があるのです. つまり肝硬変患者に低タンパク質食を行わせるのは,最悪の手段なのです.しかし,現在 ほとんどの管理栄養士はその最悪の手段が最良の栄養指導だと思っているのです.

[※]肝性脳症 = 肝機能の低下により,血中アンモニアが解毒されなくなるため,意識障害や奇抜な言動を呈する. 末期では昏睡状態となる.

なぜ多くの管理栄養士はこのような回答をしたのでしょうか.
それは長年にわたり,

低脂質・低タンパクの低カロリー食こそが理想的な健康食である

という刷り込みが行われてきたからです. したがって,糖尿病だろうが,肝硬変だろうが,どんな病気・病態でも食事指導は一律に低脂質・低タンパクの低カロリー食でいいのだという思い込みが定着してしまったのです.

日浅先生を始めとする日本肝臓学会は,この思い込みに危機感を抱いたからこそ,肝疾患の患者に正確な知識を持ち,正しく栄養管理を行える管理栄養士を早急に育成すべきだと奔走したのです. これが『肝疾患病態栄養専門管理栄養士』制度を創設した理由です.

これは非常に稀なケースでしょうか? そうではありません. 今回学会の共催セミナー(ランチョンセミナー)では,こんな講演がありました.

慢性膵炎の食事療法

福知山市民病院 院長 坂上 順一先生の講演です.

膵炎というと,激しい痛みが突発する急性膵炎がよく知られています.それと異なり,慢性膵炎は膵機能自体が徐々に低下してしまう病気で,急性膵炎よりは穏やかですが,鈍い痛みが間歇的に長期間続きます. 一旦 慢性膵炎になると治療は困難ですが,ただ初期から適切な食事療法を行えば 進行を遅らせることはできます.

慢性膵炎は,膵機能が低下しているので,必要十分な消化液が分泌されません.つまり慢性的に消化不良となります. また膵液,特にリパーゼが不足するので,脂質の消化分解・吸収が阻害されます. したがって,便には消化できなかった脂質がそのまま出てくるので,ベトッとした『油状便』になります.(写真も見せていただきました. いえ,これランチョンセミナーなのですけどね) この脂質消化能力の低下により,当然 脂溶性ビタミン不足にもなります. また消化能力低下による全般的な消化不良状態となります.

したがって,欧州臨床栄養代謝学会(The European Society for Clinical Nutrition and Metabolism)では,慢性膵炎の食事療法はこう指導しています.

  • 原則として食事制限は不要
  • 食物繊維の多いものは避ける
  • 脂質制限は不要若しくは高脂質食とする
  • ただし,ナッツ類は消化不良を起こしやすいので避ける

おわかりですね? これは いわゆる『低脂質・高食物繊維で健康的な食事』とは まるで正反対なのです. 膵液分泌不足という病態に対応すれば 必然的にこうなるのです.

一律の理想食事療法は存在しない

以上 2つの例で見た通り,正にこの学会の名称が病態栄養学会であるように,『何が適切な栄養管理・食事指導かは,その病態ごとに異なる』のです.どんな病気にも通用する『万能で理想的な食事療法』など存在しません.正常人・健常人にとっては 『健康的な食事』であっても,病気・病態によっては それは絶対にやってはいけない最悪の食事にもなり得るのです.

それでは 糖尿病の食事療法についてはどうなのでしょうか? それがこのシンポジウムで議論されました.

合同パネルディスカッション 個別化栄養療法の確立に向けて

日本糖尿病学会と日本病態栄養学会の合同ディスカッションです. なぜタイトルに『個別化栄養療法』と銘打ったのか,冒頭に 日本糖尿病学会 植木理事長が その理由を述べました.

  • 日本糖尿病学会は 『糖尿病診療ガイドライン 2019』で,糖尿病の食事療法は一律なカロリー制限一辺倒であってはならないと表明した.
  • ところが,糖尿病専門医の認定試験においても,いまだに食事療法は一律1600kcalが正解と書いてくる医師が多い.
  • 一人一人の患者に応じた個別化食事療法は必要である.

『個別化された糖尿病食事療法』は 全く浸透していないのですね.

このディスカッションでは 日本糖尿病学会から こういう講演が行われました

病態に応じた糖尿病食事療法を目指して

京都府立医大福井道明教授の講演です.

  • 1日きちんと3食を摂る
  • 食物繊維を十分摂る
  • 早食いは厳禁
  • 高齢者はサルコペニア予防のため,十分な蛋白質を
  • 肥満の人には,減量=カロリー制限が必要
  • マインドフル イーティング (=ながら食いせず ゆくりと食事を味わう)
  • レーズン一粒を感じ,嗅ぎ,味わう
  • 間歇Fastingなども有効
  • 発酵食品は毎日摂るべき

この内容は 前回の福井先生の講演とほぼ同じでした. たった一つを除いて.

その『たった一つの』箇所は,前回は この図を示して『糖尿病患者には炭水化物50-60%が最善なのだ』と解説されたのに,

Seidelmann 2018

今回は この部分が完全になくなっていました.

ところで私は,ブログで『この図は,対象者の年齢・人種構成・疾病履歴などからみて,日本人の(特に高齢の)糖尿病患者に炭水化物50-60%が最適だとするエビデンスとするにはまったく不適当だ』と主張したのですが,やだ,福井先生,あの記事を見たのでしょうか? まさかね.

健康食スタートブック

既に予告されていたように,3月25日に日本糖尿病学会のHP上で 『健康食スタートブック』が公開されました.

(C) 日本糖尿病学会

これが 従来の『食品交換表』に代わる,現時点で 最新の糖尿病学会推奨の食事療法ということになります.この電子冊子は 誰でも無料でダウンロードできますし,30頁ほどの簡易なものですので,一読されてはいかがでしょうか.

私も早速読んでみましたが,従来 学会が固執していた炭水化物比率については『日本糖尿病学会では炭水化物の摂取量の目安を総エネルギーの40%~60%としています』とあります(p.28 Q3).

しかしその根拠については『これは日本の食生活で平均56%程度の炭水化物を摂取していることに対して幅のある目安となっています』(同)とあるだけです. それが糖尿病にとってなぜ適切なのかは説明されていません.

また

食後の血糖値は主に食事に含まれる糖質量により変動するため、食事にどれだけの糖質量が含まれているのかを知ることは非常に重要です。あなたに合った糖質量を知り、一度に多くとりすぎないようにしましょう (p.17)

と述べる一方で

炭水化物を極端に制限することによって糖尿病に効果があるか、また安全なのかについては、まだ明確に分かっていないのでお勧めできません。(p.28 Q3)

とも述べています.つまり炭水化物比率40%未満は認めない,危険かもしれないと言っています.

しかし,日本糖尿病学会は 日本糖尿病学会は 昨年9月に『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』を発表しています(同年 11月に一部改訂).

そこでは 「2型糖尿病では インスリン分泌不全型とインスリン抵抗性主体型との 2つの病態が存在するので,投薬アルゴリズムは異なる」としています.

であれば,このブログ記事で取り上げた2つの実例 (肝疾患,慢性膵炎)で見たように,病態に応じた栄養管理は必要であることが明らかなのに,どうして 『2型糖尿病の異なる病態に応じた それぞれに最適な食事療法』は推奨しないのでしょうか? 今回の『健康食スタートブック』では,炭水化物比率 40-60%が必須としていますが,炭水化物が40%でも食後血糖値が200をはるかに越えてしまう インスリン分泌不全タイプの2型糖尿病の人はどうすればいいのでしょうか?

第27回日本病態栄養学会_感想【完】

コメント

  1. highbloodglucose より:

    お忙しい中、学会レポートをありがとうございます。

    「健康食スタートブック」、わたしも早速眺めてみました(やっとメガネができたので読むことができる〜w)。
    炭水化物摂取量を40〜60%と明記した点はよかったのに、その根拠が曖昧でしたね。
    そもそもが50〜60%が最適という根拠も曖昧ですし、個々人の最適な摂取割合なんてそう簡単に一律に決められるものではないのでしょう。

    「肝硬変患者に低タンパク質食が必要」と考えられているのは、「肝機能の低下により血中アンモニアが解毒されなくなる」から、というわけではないのですか? タンパク質摂取によって腸内細菌の一部がアミノ酸を代謝しアンモニアを生成するとされるので、低タンパク質食だとアンモニアの生成を低く抑えられる(よって推奨される)と考えられていたのかなと思いました。
    もちろん、低栄養によるサルコペニアを防ぐためには高タンパク質食(高栄養食)が必要だということも理解できます。
    サルコペニア予防を取るか、高アンモニア血症予防を取るか、その二者択一になるということでしょうか?

    膵炎の食事についても同じで、脂質の消化が困難になるために低脂肪食が勧められていたのだと思います。低栄養を避けるために高脂肪食が必要ということは理解できるけれど、そうすると、消化不良で余計にひどい脂肪便になってしまいそうですが、その辺りはどうなんでしょう。
    アライ(オルリスタット)服用時に高脂肪食を摂ると、お尻からアブラが漏れてしまう確率が上がるそうですが、膵炎での高脂肪食も同じようなことにならないのでしょうか。

    健康であれば、どんな食事内容でも体が勝手に代謝を調節してくれて大きな問題は生じないけれど、代謝異常があると途端に食事が難しくなりますね。あちらを立てればこちらが立たず…といった感じ。
    しかも、複数の疾患が併存すると、もうわけが分からなくなります。
    たとえば、2型糖尿病に加えて、軽度の肝疾患と軽度の腎障害、脂質異常症、骨粗鬆症があるやせ体型の65歳女性、とか。
    そういう、疾患のオンパレードにならないようにしたいところですが、どうもそういう道に進んでいきそうで困ったものです…orz

    • しらねのぞるば より:

      >「肝機能の低下により血中アンモニアが解毒されなくなる」から

      はい,コントラバシー4『肝性脳症を伴う肝硬変患者の低タンパク質食の是非』でも,まさにその点が論点になりました.

      肝臓での尿素回路が不全になった場合は,筋肉・脳でのアンモニア代謝のみになってしまいます. ただ ここで 低蛋白食にすると,たしかに 筋肉・脳でのアンモニア代謝負担は軽減するのですがゼロにはならない. そして蛋白質不足により全身の衰弱は進行してしまいます.
      そこで,『低タンパク質食は有効ではない』という立場の論者は,『蛋白質は通常摂取量として,BCAA・リファキシミン・カルニチンなどの薬物投与により,十分なアミノ酸代謝とアンモニア低減は両立できる』と主張しました.ここで,リファキシミンは腸内のアンモニア産生菌だけを駆除する抗菌剤です(https://doi.org/10.1111/hepr.13300 ) 実際早期にこれらの投与を行えば,早い人では1日で 肝性脳症から離脱できるようです. なので,現在では 『肝硬変の診療ガイドライン 2020』においても,低蛋白食は推奨されていません. ただ,最新情報でUpdateしていない医師は 昔の感覚で肝硬変=蛋白制限 と思い込んでいるようです.

      >そうすると、消化不良で余計にひどい脂肪便になってしまいそう

      慢性膵炎では,膵液分泌不足,特に脂質消化酵素であるリパーゼが不足するので,従来は 牛・豚の膵臓から抽出された消化酵素製剤=パンクレアチンが投与されていたのですが,効果は弱いものでした.したがって脂質制限はやむをえないと考えられていたのです. ところがパンクレアチンは,実際には胃を通過する際に ほとんどが胃酸で分解されてしまいます.そこで 腸溶性コーティングした製剤にすると(『リパクレオン』),胃での失活は防止され,力価が4-6倍となるそうです.これにより脂質吸収が改善されるので低脂質食にする必要はなくなる,という解説でした. これも『慢性膵炎患者では,リパーゼを薬剤投与しても脂質消化は改善されない』という 『昔からの思い込み』が残っているのですね.