第66回日本糖尿病学会の感想[22] 患者を見よ

【この記事は 第66回 日本糖尿病学会年次学術集会を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

投薬の順序

日本糖尿病学会は 昨年9月に

『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』

という声明を発表しました.これが推奨又はガイドラインなのか,やや表現に曖昧なところはありますが,学会としてはこう考えていますよ,という意思表明です.

アルゴリズムは全文公開されていますので[PDF] ,一度目を通しておいた方がいいでしょう.自分に処方されている糖尿病薬は,このアルゴリズムのどの部分に該当するのかを確認するためです.

アルゴリズムの概要は,糖尿病に投薬治療を行うにあたって,用いる薬剤の選択優先順位を推奨しています.特に患者が肥満か非肥満かで,大きく2つに分かれています.

(C) JDS

まず,患者が肥満かそうでないかによって,おおまかに最初の投薬が分かれています.

ところが,これは 従来の日本糖尿病学会の指針とは正反対です. 従来は,投薬の選択は 『医師が患者の病態を判別して個別に考慮する』,言い換えれば どの薬を最初に投与し,その後 どのように変えていくかについては まったく指定していませんでした.
たとえば,従来のガイドラインにはこのように記載されていました.

Q: 5-2 血糖降下薬の選択はどのように行うか?
 
[薬の種類を概説]
 
A: 薬物の選択は,それぞれの薬物作用の特性や副作用を考慮に入れながら,各患者の病態に応じて行う.
 

糖尿病診療ガイドライン 2019 p.70

つまり,Aの医師とBの医師とで 処方する薬がまったく異なっていても,逆にまったく同じでも,それは医師が『各患者の病態に応じて行った』結果にすぎない,という考えだったのです.

それにもかかわらず,学会がこのアルゴリズムを発表した背景には,『どんな投薬でも医師の自由』であるのをいいことに,不可解な処方をしている医療機関があることが判明したからです.

今回の学会シンポジウム36ではこの問題が集中的に議論されました.

S36-1 日本糖尿病学会で作成した現在の2 型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム

学会が,厚労省に報告されているNDBデータ(診療報酬レセプトデータベース)を分析したところ,都道府県によって,また医療機関によって糖尿病患者に処方されている薬剤に大きな違いがあることがわかったのです.

本ブログでも,都道府県によって よく使われる薬には大きな差があることをまとめたことがあります.

このS36-1の講演でも,『糖尿病患者にはすべて同じ薬を処方する医療機関がある』,具体的には,糖尿病患者にはDPP-4阻害薬だけを処方している医療機関が存在していると報告されていました.

具体例はこの文献で詳しく報告されています,

Bouchi 2022

厚労省で集計している診療報酬請求データ(レセプト データ)から,2014年10月~2017年1月の間に糖尿病薬の処方を開始され,かつ12か月後の診療実績が確認できた645,493人を分析した結果です.

医療施設別に解析したところ,患者10人以上の病院で,糖尿病学会が認定した医療施設(認定施設)と,そうでない施設(非認定施設)とでは,この通り 大きく投薬傾向が異なっていました.

Bouchi 2022

横軸はDPP-4阻害薬を処方した割合,縦軸はその処方をした医療施設の数です.ご覧の通り 初診患者にDPP-4阻害薬が処方されるケースは,学会認定施設【注】(下)では60~65%をピークとして ほぼ正規分布しています. ところが非認定施設(上)では 0~100%まで広く分布しており,全く異なるパターンです. 問題なのは上のグラフの右端,つまり100%の病院があることです. これが何を意味しているかといえば,糖尿病患者にはDPP-4阻害薬だけを処方して,他の薬はいっさい出さない,という病院があるのです.

【注】学会認定施設:日本糖尿病学会が定めた要件を満たしている認定教育施設のことです. 単に糖尿病の治療を行っている,あるいは糖尿病専門医がいるというだけでなく,糖尿病治療の研修が行える人材と設備・体制を備えており,学会が適格と認めた医療施設のことです. 全国の認定施設の一覧はこちら

たしかに DPP-4阻害薬は,便利な薬です. 副作用は相対的に少なく,また禁忌(投与してはいけない患者)はほとんどありません. 腎機能が低下している人や高齢者にも安心して投与できる便利な薬です. だから『検査で血糖値が高く糖尿病だとわかったら,無条件にDPP-4阻害薬を出しておけ』となるのでしょう.つまり血糖値の数字だけをみて,それ以上患者を見ていないのです.

しかし,それでいいのでしょうか?

インスリン分泌が不足気味or遅れ気味の痩せ型の糖尿病患者ならそれでいいでしょう.ところが この記事にも書いたように,インスリン抵抗性が主体で,とてつもない量のインスリンをドバドバだせる人の場合はどうでしょうか.

肥満の女性が糖負荷試験を受けた症例です.糖負荷試験でのインスリン量(IRI)は なんと 300 μu/mlと,ほとんどの日本人の数倍のインスリンを出せる人なのです.それだけのインスリンが出ていながら,糖負荷試験の2時間血糖値は200mg/dlを越えており,完全に糖尿病です.

この人にDPP-4阻害薬を投与して,果たして効果があるでしょうか. DPP-4阻害薬はインスリン分泌が か細い人にならばインスリン分泌を促進する効果が期待できるでしょう. しかし,この人の場合,すでに膵臓β細胞はフル稼働して,とんでもない量のインスリンを分泌しているのです.つまり,これ以上のインスリン分泌増加は望めません.実際 冒頭の『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』でも,肥満の糖尿病患者には SU剤やグリニド剤は推奨していません.

患者の病態の判定もせず,一律にDPP-4阻害薬しか処方しない

こんな医療施設が存在するとは,さすがに学会も看過できず,従来の『投薬は医師まかせ』の路線を転換して,冒頭の投薬アルゴリズムを発表したのです.医師ならば 患者の病態をよく見て薬を選べ,というわけです.
本来であれば,糖尿病と診断された患者がいたら,そのインスリン抵抗性の有無,インスリン分泌の多寡によって病型を判断すべきであり,実際糖尿病専門医であればそうするでしょう(しない医師もいるかもしれませんが).
しかし,一般の内科クリニックでは,そこまで糖尿病に詳しいわけではないので,便宜的に 単に患者のBMIだけで 25以上なら肥満型,そうでなければ 非肥満型と分類して,それに応じた投薬選択をしてください,というのが『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』の主旨の一つだったようです.

[続く]

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