第66回日本糖尿病学会の感想[24] 食事療法~その前に日本の栄養学は

【この記事は 第66回 日本糖尿病学会年次学術集会を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

前回の続きです.
学会は『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』を発表して,2系統の投薬手順を示しました. つまり 日本人の2型糖尿病には2つの異なる類型があると認めたわけです.

であるならば,その2類型の2型糖尿病に対してどちらも同じ食事療法でいいのでしょうか? もちろん学会は『糖尿病診療ガイドライン 2019』で,糖尿病の食事療法は一人一人異なる(=個別化された食事療法)としています.しかし前記の『アルゴリズム』のように,ではどう『個別化』していくのか,そのアルゴリズムは示されていません.

『糖尿病の投薬は,医師が患者を個別にみて判断する』というガイドラインがあるのに,つまり『個別化された投薬指針』がありながら,実際には糖尿病患者 全員に同じ薬(=DPP-4阻害薬)を投与している病院が実在していることを思い出してください.指針があっても,具体論がないのなら,それは指針が存在しないのと同じです.

【全員一律の食事療法】であれ,【個別化された食事療法】であれ,具体的な手順が明確でなければ,どっちだって同じことです.

『個別化された投薬指針』には【投薬アルゴリズム】が必要であったのならば,『個別化された食事療法指針』にも,【食事療法アルゴリズム】が必要でしょう.この問題に対して,学会がいつ答えを出すのかを知りたくて,素人にもかかわらず 学会への野次馬参加を続けています.

待ち望んでいた書籍

今回の鹿児島での学会での現地開催中,ぞるばはもっぱら食事療法とイメグリミン関係の講演・発表を優先して聞いていました.
したがって,食事療法についての記事は 実は 現地滞在中に原稿を書き始めていたのですが,記事にまとめるのは一番 最後になってしまいました.

こうなったのには理由があります.

この本が出版される(6/16 発売)のを待っていたからです.

(C) 女子栄養大学 出版部

東京大学 佐々木 敏 教授の最新著作です.

佐々木教授は,厚労省が2005年以来 5年ごとに発行している『日本人の食事摂取基準』の策定委員であり,データを基に科学的に栄養学を追求する『データ栄養学』を提唱してきた第一人者です.

ですので 以前から 日本糖尿病学会日本病態栄養学会で 佐々木教授の講演は何度も聴きました. およそ東大教授とは思えない服装[★]で登壇し,型破りな話術が聞けるので,学会参加の楽しみの一つでした.

[★]「東大教授とは思えない服装」: 最初に佐々木教授の講演を聞いた時,私は ホール会場の工事業者のおじさんが間違って講演会場に入ってしまったのだろうと思いました.

ところが,特に本年になってから,日本の栄養学に関して 佐々木教授の講演が『辛口』を通り越して,はっきりと『批判』のトーンが高まりました. 2月に行われた専門医向けの講演会『第57回 糖尿病学の進歩』 でも,今回の『第66回日本糖尿病学会』でも,佐々木教授は ほぼ同じ言葉を使ってこう言ったのです.

  • 日本の医師は患者の食行動に興味がない (栄養の生化学,バイオメカニズムばかりを議論する)
  • 日本の管理栄養士は科学に興味がない(論文が読めない/書けない)

これ,雑談の席ではありませんよ.学会の大ホール会場に登壇して満席の聴衆に向かってこう述べたのです.しかも2回も.

驚きました. そして ここまで言われているのに,会場からまったく反論がないことに さらに驚きました.

学会での講演はせいぜい1本あたり,20~30分ほどなので,佐々木教授が なぜそう断言するのか,あまり詳しく説明する時間はありません.そこで,冒頭の本を読んでみようと思ったわけです.

読んでみたら

通俗 健康雑誌などとは異なり,やや高価(2,970円)な本でしたが,その価値は十分ありました.

巷にあふれる『ナントカを食べると ナントカが治る』『XXを食べると ガンにならない(又は ガンになる)』などといった,いわゆる『栄養情報』が冷静に,かつ詳細なデータソース(引用文献)をつけて俎上に上げられています.しかも引用するデータは(都合のいい論文だけをとりあげて『これが結論だ』などというレベルとは一線を画して),メタアナリシスが主体です.

ただし,この本の内容を著者の意図通りに読み取るには,どうしてもある程度の統計用語を理解していることが求められます.そうでないと この本を面白いと感じないでしょう. なので,著者も前書きで述べているように,栄養疫学の本は読んだことがないという方は,著者の第1作『データ栄養学のすすめ』 及び 第2作『栄養データはこう読む 第2版』 から始めた方がいいと思います.

この本を通読して,佐々木教授が およそ学会の講演としては異例にもあれほどの強烈な表現を使った理由がよくわかりました.

佐々木教授は日本の栄養学を批判していると思っていたのですが,それは間違いでした
日本には栄養学が存在していない』ことを批判していたのです.

[続く]

 

コメント

  1. 西村典彦 より:

    日本の医学部は栄養学の講義はない等しい程度と聞きます。したがって栄養学に長けているのは独学で学習したひと握りの医師だけでしょう。しかも管理栄養士の国家試験を糖尿病学会が主に作成し、かつ日本の医療現場でのヒエラルキーは医師が上、管理栄養士が下と言う事になっているようです。因みにアメリカでは医師と管理栄養士ので地位は対等であり、お互いの領域に口出ししないのが普通のようです。
    せめて日本でも医師と管理栄養士が対等でなければ栄養学の発展は望めないと思います。
    ガイドラインの60%炭水化物の食事の根拠も乏しく、糖尿病患者が増えている日本の現状が全てを物語っているように思えます。

    • しらねのぞるば より:

      >ヒエラルキーは医師が上、管理栄養士が下

      食事療法も『療法』であるなら,それは医療行為であり,医療行為は医師のみが独占的に行えるという建前から,

      栄養士法 第5条の5;
      『管理栄養士は、傷病者に対する療養のため必要な栄養の指導を行うに当たつては、主治の医師の指導を受けなければならない』

      と法律で決まっており,このため栄養学知識がほぼゼロの医師が,栄養学教育を受けた管理栄養士を『指導』するという,この矛盾を解消しない限り 解決されないでしょうね.

      ただ,法改正により 『食事療法は管理栄養士が行う』とできたとしても,もう一つ 別の問題があります.

      それは,管理栄養士が食事療法を主体的に行う権限を得れば,同時に責任をも負うことになるということです.
      現在の管理栄養士の医学知識レベルで,あらゆる医療的影響を考慮した食事指導ができるでしょうか?
      極端な場合,『間違った食事療法指導で患者が死亡した』などという医療訴訟を起こされるかもしれません.

  2. highbloodglucose より:

    佐々木氏の最新本、面白そうですね。過去の書籍も興味があるけど、全部購入すると8,580円か…orz

    > およそ東大教授とは思えない服装

    東大教授というか、医師とは思えない服装、ということかも。
    医師の学会は、演者はもちろんのこと聴衆もみんなスーツですもんね。堅苦しくて、参加しているだけで肩が凝ってしまいます。
    わたしが以前参加していた基礎系学会では、少なくとも聴衆はかなりラフな格好でした。当然、わたしもジーパンにスニーカーでした。さすがに自分の発表の日だけはスーツにパンプス(イヤイヤながら)でしたけど。学生だけじゃなく、国立大教授であっても自分の発表がない日はジーパンで来ている人がいましたね。しかも、その格好でポスター発表の座長をしてましたw(通常はポスター前で発表者がボーッと突っ立っているだけなのですが、あるとき、ポスターでも短時間の持ち時間を与えられて、順番に自分のポスター前でプレゼンする方式が採用されて、司会進行の座長がいました)
    さすがに登壇する演者はスーツが定番なのかと思っていたら、昔を知る人から「今から山登りに行くような格好で発表していた人もいた」と聞いたことがあります。そんなふうに気軽に発表、気軽にディスカッションできる雰囲気の学会の方が、わたしはいいな〜
    佐々木氏は工学研究科修士課程を中退して医学部に入った人だし、今はそれこそ医師の無知を糾弾しているくらいなので、医師の世界の常識を打ち破ってやろうという気概があるのかしら?

    >日本の管理栄養士は科学に興味がない(論文が読めない/書けない)

    これはちょっと管理栄養士がかわいそうかも。論文を読むような教育を受けてない人が大半じゃないかと思うので。
    どの分野でも、大学4年だけでは科学論文をまともに読めないと思います。自分の卒研生時代を振り返ると、たしかに研究室のジャーナルクラブに参加して、卒研生も1年の間に2回くらい発表する機会があったと思います。でも、本当に批判的吟味をしながら論文を読み込めるようになるには、大学院に進学しないと難しいかなと思います。
    読む方でこれなので、論文を書くとなったらなおさらですよね。

    栄養学を科学するのは難しそう。
    観察研究では分かることが限られているので、本来なら介入試験をおこなうべきなんだろうけれど、栄養が体に影響を与えるのは長期間にわたってなので、厳密な介入を長期間続けることは現実的でないですもんね。
    だから、お手軽にマウスを使った研究がなされるわけだけど、マウスとヒトでは異なる部分も大きいし…

    今月の実験医学増刊号が「健康と疾患を制御する精密栄養学」というテーマですが、さて、どこまで解明されるんですかね〜

    • しらねのぞるば より:

      >全部購入すると8,580円

      佐々木先生の著書の第1,2作は,図書館から借りて読んでいました. 大都市の公立図書館はこんな本まできっちり所蔵してくれるのでありがたいです. ただし,発売されてから収蔵されるまでには だいたい2~3ヶ月かかります.しかも入荷すると ただちに貸し出し希望予約が殺到して,実際に読めるのは 発売後1年以上がほとんどです. 佐々木先生の最新作も図書館から借りようと思っていたのですが,今回はそれでは間に合わないので購入しました.

      >佐々木氏は工学研究科修士課程を中退して医学部に

      調べてみると 三重県津市出身,京大工学部から阪大医学部,そして東大医学部という経歴なのですね. 阪大では,きっちりボケを学んだようですw

      >論文を読むような教育

      管理栄養士になりたての人は無理でしょうが,大病院で多くの患者に栄養指導の経験を積んだのであれば,少なくとも豊富なデータは得たはずです.
      佐々木教授も講演で強調していましたが,論文は『書かないと読めない』,つまり 何度も論文をRejectされてようやく1本がAcceptされる,この経験を経てこそ 本当に論文が読めるようになるのだと.