第66回日本糖尿病学会の感想[21] 神経障害

【この記事は 第66回 日本糖尿病学会年次学術集会を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

糖尿病の合併症の一つである糖尿病性神経障害については,本館 及び 別館ブログに 以前このように記載しました.

『糖尿病性神経障害:知覚異常(温感障害)』
糖尿病合併症の内,神経障害や筋萎縮症 ・神経根症についてはふれましたが,それ以外にも知覚異常があります.もっとも多い知覚異常は『足の裏にゴム板を貼り付けられた…

今回の学会でも,下記のシンポジウム・講演で最新の情報が紹介されました.

シンポジウム 14:糖尿病性神経障害を再考する~課題と進歩

教育講演 20:糖尿病性神経障害の病態と治療

最初の合併症

糖尿病性神経障害は,もっとも早期から発症する合併症です.

ほとんどの糖尿病合併症は,ある程度の期間を経て 糖尿病が進行した時点で発生するのですが,糖尿病性神経障害だけは,糖尿病と診断される前=耐糖能障害[糖尿病予備軍]の段階で既に発生していることも珍しくありません.

なお,『発症時点』と『診断時点』は同じではないことに注意してください.

また ネットでは『糖尿病合併症は,動脈硬化・高血圧が もっとも早期に発生する』などという情報を見かけますが,これは 肥満型が多い欧米の糖尿病の文献を引用していた昔の解説書にそう書いてあったからでしょう.

遠位・対称性 神経障害

神経線維は 太さは数μ~20μしかありません. この図は下肢部の神経ですが,

坐骨神経,脛骨神経,腓腹神経などは脊椎から出て足先にまで達するものもあり,背の高い人なら その長さが1mにもなります.非常に細いのに長いのです.

そんなに細長くても,神経もやはり一つの『生体組織』ですから,栄養分を届ける血管が必要です. 神経線維は非常に細いので,それに寄りそう血管はさらに細いものです.

神経は脳から脊柱を経て全身に伸びていきますが,脊柱から離れるにつれて細くなっていくので,足の先端に至る神経は もっとも長く,したがってもっとも細くなります.

糖尿病で高血糖が継続すると,血管の内皮細胞の機能が低下します.血管が運んできた栄養物質を血管外に渡せなくなり,また血管外からの老廃物を受け取れなくなります.

そのため 足の先の神経には栄養分が供給されず,神経は細い方から すなわち最末端から順に死滅していきます.

神経障害の初期には 多少神経機能が低下してもほとんど自覚症状はありません.しかし,神経障害がやや進行すると異常感覚(ピリピリとしびれが切れたような感覚)が発生し,さらに進行すると,常に 針で突き刺されているような痛みや,まるで火傷をしたかのようなヒリヒリとした痛みという自覚症状が現れます. なぜこのような症状が出るかと言えば,神経線維が栄養不足で失われつつあるので,人体はその神経を修復 あるいは 神経を再生させようとしているからです. つまり,この痛み・しびれが発生している段階は,異常が発生した神経線維がなんとか自己修復して生き残ろうとしている過程でもあります.

ということは,痛みやしびれがなくなれば,神経が生き返ったのかもしれないし,逆に神経障害が更に進展したのかもしれません.つまり神経の修復よりも死滅の方が優勢になり,神経の先端から徐々に死滅して,残っている神経が次第に短くなった場合です.

おそろしいのは,この時点では,あれほどひどかった異常感覚や痛みは消えてしまうことです.つねっても叩いても何も感じません.なぜなら神経そのものがなくなったのですから,もはや神経が伝えるべき 痛い/熱い/冷たい という信号は感知できなくなったのです.この状態では,熱湯を浴びても熱いとは感じず,傷ができても痛みは感じません.この場合は 痛みが『治った』のではなく,もはや修復不能なほど神経機能が失われて感覚鈍麻になったのです.

しかし,本人が『痛みがなくなった. よくなった』と勘違いすると,わずかな傷・感染が足先に起こってもそれを知覚できなくなります. したがって炎症反応などは起こらず,免疫機能も働かなくなって,足潰瘍・足壊疽→足切断となるリスクが高まります.

神経障害を見つけるには

神経障害をもっとも正確に検査できるのは 神経伝導検査機です.

(C) 日本光電 MEB-2300

しかし,この検査機はよほどの大病院でないと備えていないでしょう.

簡易型の測定器 (商品名『DPN Check』)もありますが,

(C) フクダ電子 HDN-1000

簡易型なので,太い神経の異常しか検知できません.

初期であれば,pin prick試験がもっとも簡便で鋭敏です.

被験者に目隠しをしてもらい,つまようじで足(足の親指の根本あたり)を突いてみて,つまようじの尖っている部分と丸い部分とでつついた場合,どちらでつつかれたかを当てさせるものです. 尖っている方でつつかれたのか/丸い方でつつかれたのかを当てられなければ,触覚感覚が鈍っていることになります.

最悪のケースは,そもそもどちらでつつかれても,つつかれたことすらわからないという場合です. この場合はつつく個所をかかとの側部に変えてやってみます. 足先端部の感覚は鈍っていても,かかとあたりではまだ神経が『生きている』かどうかを調べるわけです. ここでも つつかれたことすら感知できなければ,膝の後ろ側の柔らかい皮膚部で調べてみます. ここでも つまようじのどちら側ででつつかれたかがわからない,あるいは つつかれたことすらわからないとなれば 相当の重症です.

この神経障害で 時に悲惨な結果になってしまうことがあるのは,ここまで足の神経障害が進行しても,歩行などには何の問題もないことです.それは 上の図の通りで,脊椎から足に伸びる太い神経はまだ生き残っているので,筋肉に信号は伝えられます.したがって 本人からすると 歩くのに支障はないので,足に神経障害が発生しているのだと認識できません.

自律神経障害でも

細くて長い神経が 先の方から機能喪失していくのは,微小血管障害が原因ですが,もう一つの影響もあります.自律神経の障害が皮膚表面の神経障害を引き起こすのです.

教育講演20でそのメカニズムが解説されていました.

AVシャント血流 (Artery Vein shunt)

AVシャントとは,皮膚表面の直下で 末梢動脈(Artery)と末梢静脈(Vein)とを直接つないでいる(シャント)血管です.

皮膚表面では血管は非常に細く抵抗が大きいので,普段はあまり血液が流れていません. しかし心臓からは常に血液が拍出されているので,血流が滞って浮腫みが生じないように,AVシャントでバイパスさせているわけです.

ところが 夏の気温の高い時,あるいは 入浴時などで体温が高くなりすぎた時には,体温を放熱させるために皮膚表面への血流を増やすので,AVシャントは細くなります.

このことからわかるように,AVシャントを閉じる/開くは 脳中枢からの信号により指令されています.つまり交感神経によって支配されているわけです. したがって糖尿病により 自律神経障害が起こると,このAVシャントも正しく制御できなくなります. つまり皮膚の感覚神経障害は,自律神経障害によっても悪化するのです.

冒頭で,『糖尿病性神経障害は,もっとも早期から発症する合併症』と書きましたが,その中でも自律神経障害は真っ先に発生する神経障害です.

以上のことから,神経障害は,糖尿病の程度のバロメータでもあります. 自分で神経障害の程度を常に把握していれば,糖尿病の改善/悪化/維持を判断できることにもなります.

なお,自律神経障害の程度を直接測定できる検査法はありません. ただし,CV R-R(特に深呼吸時の CV R-R)は よい指標となります.

『あるとうれしい不整脈』
あーこ先生が解説されておられた CV R-R を実測してみました.CV R-Rとは心電図の波形間隔のバラツキのことです. 心電図では R波がもっとも大きいので…

心電図を測定できる病院・クリニックは多いので,これがもっとも簡便でしょう.

[続く]

コメント

  1. 西村典彦 より:

    神経については実感としては感じていませんが、免疫力については非常に感じましす。
    糖質制限以前には、例えば靴ずれが化膿したり、水虫が多発したりと言うことがありましたが、糖質制限6年目の現在、足の傷が化膿するようなことはなくなり、水虫は通院や薬無しで自然治癒しています。
    当時は免疫力が落ちているなどとは夢にも思いませんでしたが、今思うとかなり免疫力が落ちていたんだと思います。
    下肢が乾燥で時々痒みがあるのは、まだ残っていますが、HbA1c6.9がMaxですが、この程度でも体へのダメージはかなりあったのでしょうね。特に下肢はダメージを受けやすいようです。