糖尿病と遺伝[7] 本命は未踏領域に?

ありふれた遺伝子変異

ヒトのゲノム全解析が進むにつれて,多数の『糖尿病に関連する遺伝子』が発見されてきたのに,それらをすべて合わせても 実際の糖尿病の遺伝率=30%の内,10%程度しか説明できない
これは 古典的遺伝学者だけでなく,分子遺伝学者にとっても『悪夢;Nightmare』でした.糖尿病の遺伝は DNA全解析によって解決する問題と思われていたからです.

ゲノム情報から糖尿病の遺伝原因を探索する方法は,糖尿病の人と正常人の間で それぞれDNA全体からSNP(★)を単純比較して,糖尿病の人に有意に多い変異があれば,それを『糖尿病に関連する遺伝子』というものです.たしかにこれでゾロゾロと見つかりました.しかしこれらは『ありふれた』『よく見られる』変異です.多い場合では,10人中4人がそのような変異を持っていることも珍しくありません.それらは糖尿病の人にも,糖尿病でない正常な人にも比較的多くみられるものであり,ただ糖尿病の人の方により多くみられたというだけです.そういう遺伝子を持っていれば必ず糖尿病になり,持っていなければ絶対に糖尿病にならない,というわけではありません.

(★)SNP = Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型
たとえば 正常なDNAの塩基配列がこうだったとして,

その中の1つだけが他の塩基に変わっていれば,ここに SNPがあることになります.
多くの場合,このような小さな変異があっても,DNAの機能には支障は起こらず,外的形質には変化は生じません.

非常に稀な遺伝子

そういう『ありふれた』変異とは対照的なのが,以前にも触れたMODYの遺伝子です.この遺伝子に変異があれば,100%MODYになり,持っていなければ 絶対にMODYになりません.

発見頻度と遺伝率

ここで;

縦軸=遺伝率(遺伝因子による発症効果の強度)
横軸=集団で見出される頻度

として,現在知られている 糖尿病の遺伝子をプロットするとこうなります.

MODYは非常に稀ですが(=1~数万人に一人),それを持っていれば確実にMODYが発症します[図;左上].

逆に 今までに発見されている『2型糖尿病に関連する遺伝子変異』は,珍しいものではなく,極端な場合は3人に1人くらいにみられます.そしてそれらを持っている人と持っていない人とを比べても,糖尿病の有病率にはほとんど差がありません[図;右下].

未踏の領域

ということは,このグラフのぽっかりと空いている領域に,実は 本当に『糖尿病発症を左右する遺伝子』が存在するのではないか,という疑問は当然わくでしょう.

もしもこの領域に遺伝子が見つかれば,それはこうなるだろうと期待されます.

これであれば,糖尿病の予測に使えるし,何より 『家族糖尿病遺伝率~30%を説明できない』という問題にも解答が得られます.

発見は困難

ただし,これも確証があってのことではなくて,まだ調べられていない領域があるから,正解はそこにあるのかもしれない(あってほしい)というだけです.
山師が まだ掘っていない山を見て,『あそこにこそ金鉱脈があるのかも』と思う心理と同じです.

しかも,今までの話から当然予測されるように,このような遺伝子の発見は非常に困難です.より大規模に,かつより詳細にヒトゲノム解析を行わねばなりません.

実際このアプローチを行ってみた報告もありますが;

(C) Nature

期待通りの遺伝子は 発見できなかったようです.
もちろん『存在しない』という証明は不可能ですので,ある日突然発見されるのかもしれませんが.

[8]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    SNPだと遺伝子変異は先天的なものと言う事でしょうか。
    例えば、癌の場合は壊れた(ちぎれた)DNAを再生しよう(くっつけよう)としたけど元に戻せず、偶然、違う配列のもの同士がくっついてしまうため癌細胞になってしまうと理解していますが、そのような場合にも癌ではなく偶然、糖尿病になる事はないのでしょうか(癌になるのも偶然だとは思いますが)。
    見当違いの事を言ってましたらごめんなさい。

    • しらねのぞるば より:

      >SNPだと遺伝子変異は先天的なもの

      はい,親から受けついだDNAがそうなっていたのです.したがって,それはそのまま子にも受け継がれます.つまり遺伝します. よって世界中の遺伝学者が,遺伝と疾病との関係を このSNPに求めようとしています.
      一方,癌の場合ですが,正常な細胞にはこういう遺伝子情報が書き込まれていたとして;

      『細胞は必要な蛋白質を常に取り込み常時増殖と廃棄とを繰り返しながら恒常性を保ちます』

      突然変異・増殖の際のDNA転写ミスなどで

      『細胞は必要な蛋白質を常に取り込み常時増殖と増殖と増殖と増殖と増殖と増殖と増殖と増殖と…』

      となってしまったもの,つまりかなり大規模なDNA変異が発生してしまったものです.
      なので,SNPのように 1か所だけが書き変わったような些細な変異では起こらないと思います.