第62回 日本糖尿病学会 年次学術集会 【食事療法関係 その3】

シンポジウム最後の講演は,糖尿病と並んで食事療法の比重が大きい腎症についての講演でした. しかし,その内容は糖尿病の食事療法の問題点とも共通することが多いので,非常に考えさせる内容でした.

【FS5-4】CKD における食事療法の課題 滋賀医大 荒木信一先生

慢性腎症(CKD)の 低蛋白食には100年の歴史と実績がある.

腎臓には 何を食べたらいいのか,何を食べてはいけないのか,腎症の患者ほど,食事に敏感な人はいないだろう.

腎症には低蛋白食

CKDの教科書には 必ず

  • 高カロリー
  • 低蛋白質
  • 減塩
  • 低カリウム

とある.ガイドラインでも基本的にはそう.ただエビデンスレベルが高いわけではないことは認めている.

慢性腎臓病(CKD)食事療法基準では患者に一律な食事療法を定めているわけではない.実際腎症度別に 細かく蛋白上限などを規定している. しかしながら,

  • 患者の年齢・活動量別には規定していない.
  • 蛋白尿の程度が重くても軽くても同じ

つまり,腎症ステージ(GFR)だけを基準にしており,他の因子には触れていない.したがって,尿アルブミンは正常だがeGFRだけが低いという糖尿病腎症(DKD)のケースには,実は基準が存在していないのが実情.
現在のガイドラインは,患者の高齢化・腎症の多様化という時代の変化に追いついていないのだ. しかもそれらに対応させようにも,決定的なエビデンスがないという問題を抱えている. これがDKDで蛋白制限必要か不要かの神学論争が延々と続く原因である.

CKD食事療法ガイドラインでは,ある時期までは実体重を基準にカロリー設定をしていたが,1990年代からBMI=22を基準とすることになった. しかし,そう決めた根拠がはっきりしない. 単に糖尿病学会の食品交換表に合わせただけのようだ.

その昔は,ネフローゼ症候群は,尿から蛋白が出ていくのだから,むしろ積極的に蛋白質を補わなければいけない,という考えすらあった. それがBernard教授の糸球体濾過仮説以降,蛋白質をできるだけ減らして腎臓を守らねばならないということになった. ところが教授のその論文は 65歳以下の患者のデータだけであり,高齢者でも果たしてそうなのか不明である.

低蛋白食について多くの論文をメタ解析したところ,たしかに低蛋白食が有意によいという結論だが,ただメタ解析に組み込んだ個々の論文を見ると,低蛋白食がよいとした論文は,すべて対象人数50名以下のものばかり. 対象人数50名を超える論文だけでみると,まったく中立で,低蛋白食がよいとも悪いとも言えない.

そもそも患者は低蛋白食を本当に実行しているのか?

厳密な低蛋白食を指示された患者について,本人の食事記録と尿中窒素データ,つまり本人申告と客観データとを突き合せてみたら,あまり実行されていないことがわかった. よって,極度に低蛋白を指示した試験でも,逆に指示しなかった試験でも,実態としては患者の食事はどちらも同じようなものになっているわけで,2つの論文の結論が同じになってしまうのは当然だろう.

高齢患者にとって本当に優先されるべきものは何か

いくら死亡率が低くなる,寿命を延ばせるとはいっても,QOLが低下しては意味がない.極端な低カロリー・低蛋白食で筋肉量が著しく減少すると,血中クレアチニンが低下して,数値上はeGFRがよくなったように見えるが,それでは本末転倒だろう.

高齢者のリスクはCKDだけではない

若年あるいは中年患者で,腎機能低下は放置できない.しかし,高齢になればなるほど,腎症進行リスクがリスク全体に占める相対的比率は下がっていく.死亡リスクの方が大きくなっていくからだ.

よって 高齢者になればばるほど,元気に生活を行って死亡リスク全体を下げられる食事,つまり P/F/Cという栄養素の数値比率ばかりを議論するのではなく,食事の内容・質を重視した食事療法の考えが必要だろう.

実は糖尿病の食事療法の比較研究でも

『低蛋白質食を指示されても,あるいは指示されなくても,実際には患者は同じような食事パターンだった』という上記の話は,実は 糖尿病食事療法でも類似ケースがあります.

食事パターンを完璧に比較した食事療法試験

糖質・蛋白質・脂質の『理想的な』比率を明らかにするために,以下の食事パターンで4群に分けて 比較試験を行ったという論文です.

  • 高脂質(40%)か低脂質(20%)か
  • 高蛋白(25%)か中蛋白(15%)か

これらを組み合わせた 4群の食事パターンを2年間続けてもらい体重減量効果の比較試験を行ったという論文です.

2年間の試験期間を終えて,各群の被験者の体重の変化を調べたところ,4群間には「有意差なし」の結論でした.この論文を引用して,

『だから食事療法に正解などない. どれでも同じ結果だったのだから』

などとネットに書いている人もいますが,論文のアブストラクト(要旨)しか読んでいないのでしょう. ところが,本文をよく読むと,試験前後の被験者の食事摂取状況の比較結果が小さく表に書かれています. これをグラフにすると,こうでした.

医師が指示した食事構成は,蛋白質・脂質についてはっきりとした差をつけたものでした. ところが患者からすればいつまでもも守れるものでもなく,結局2年の間にみんな同じような食事内容になってしまっていたのです.同じ食事になったのだから,結果も同じ,だから『有意差なし』は当然です.ことほど左様に指定した食事を患者に『守らせる』のは難しいという実例です.

この『医療側が患者に指示する』そしてそれを『患者が指示通りにする= コンプライアンス』の問題は 別記事でとりあげます.

[食事療法関係 その4]に続く

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