この記事で,HHSという非常に危険な急性合併症が存在すると書きました.
ただ 紹介の仕方が いかにも中途半端でした. 不安にかられた方には申し訳ありません. お問い合わせをいただいたので,補足いたします.
HHSとは

HHSとは,高血糖と脱水状態が悪循環となって急速に進行していく状態です.私の描いた説明図よりも,この文献の方がわかりやすいでしょう.

下図の通り,何らかの代謝調節障害が引き金となって,高血糖 → 頻尿 → 脱水状態 → 高血糖 ...という悪循環が起こることが 図示されています.

そして 図の下部のドクロマークにご注目ください.院内死亡率が14%と報告されています. 『院内』には重大な意味があります. 路上で行き倒れになったのでもなく,自宅でもなく,きちんとした治療が受けられる病院の中にいたにもかかわらず,14%もの死亡率なのです.この死亡率はケトアシドーシスよりもはるかに高いです. HHSの死亡率は,ケトアシドーシスの10倍も高いという報告もあります.
HHSの発症率
前回記事の末尾に紹介したように,日本でのHHS発症例は報告されてはいるのですが,その数はわずかです. 学会の症例報告でも,ケトアシドーシスやペットボトル症候群は ときどき見かけますが,HHSの症例報告は 少なくともここ10年ほどはみかけません. つまり非常に稀なのです.あまりにも稀なので,発症率の統計報告も存在しないようです.
ただ上記の文献ではデンマーク人の調査結果が報告されていました. それによれば,1型糖尿病では 1万人・年あたり16.5人,2型糖尿病では 3.9人だそうです. ただしこれにはケトアシドーシスが混在しているケースも含まれています.それを考慮すればやはりレアケースといえるでしょう.
何が引き金を引くのか
お問い合わせで多かったのが,やはり『何が引き金となるのか』『何に注意すればいいのか』『どういう人が発症しやすいのか』でした.当然ですね.
この文献では,HHSの発見から最新の知見・診断・治療法まで詳しくレビューされています.

ケトアシドーシスは,典型的には1型糖尿病 又は 極度にインスリン分泌能が低下した2型糖尿病で起こり得ます.
また ペットボトル症候群は,比較的若い人が 高血糖による喉の渇きを癒すために 高糖質の飲料をガブガブ飲んで,ますます高血糖にしてしまう,というメカニズムで起こります.
いずれも分かりやすいですね.
ところがHHSは,なにしろ症例が少ないので,発症機構,とりわけ 何が引き金にになるのかは明確には解明されていません.上記2つの文献でも,抽象的に述べられているだけです.
ただし,統計的傾向から 発症原因はおおよそ推定できそうです.
上記1番目のRosager論文には;
HHS is often initiated by a precipitating event such as infection or acute myocardial infarction, lack of treatment adherence, or a dysregulated or unrecognized diagnosis of diabetes mellitus.
HHS は、感染症や急性心筋梗塞、治療の遵守不足、糖尿病の不調や未認識の診断などの誘発要因によって引き起こされることが多い.
また上記2番目のPasquel論文では;
HHS occursmost commonly in elderly patients with type 2 diabetes.
HHS は、2 型糖尿病の高齢患者に最もよく発生する.
とあるので,
糖尿病の治療を放棄又は拒否している高齢者が感染症に罹った場合に,確率的にはもっともHHSが発症しやすい
と言えます.というわけで,お問い合わせいただいた方には ご心配をおかけしました. きちんと治療さえしていれば,HHSのリスクは小さいのです.
なお,なぜ感染症がHHS発症の引き金になるのか,という点は こう解釈されます.
人体が細菌・ウイルスなどに感染すると,免疫機構が回転し始めます.すると大量のエネルギー(ATP)が必要になります. これは つまりすべてのホルモンなどを動員して,グリコーゲンを分解し,糖新生を加速して,全力で血糖値を上げてATPをフル生産するためです.この急速な代謝異常事態に対して,インスリンによる制御が追い付かず破綻してしまうものと推定されます.
一般向けの糖尿病の解説などでは,シックデイの時には,なによりも水分補給,すなわち脱水状態にならないように注意せよ,と書かれているのは ここまでの議論で納得できる話ですね.
なお,『スポーツドリンクなら健康的だからいいだろう』というのは完全に間違いです.スポーツドリンクは高糖質飲料なので,上記の 血糖値と頻尿による脱水状態の悪循環を助長するだけです.
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