日本病態栄養学会 よかったこと/残念だったこと

先月 1月24~26日に京都国際会館で開催された「第23回 日本病態栄養学会 年次学術集会」で行われた 学術講演・学術発表の【ごく一部】を紹介してきました.

学会よいとこ 一度はおいで

(C)saku00 さん

最後に,しらねのぞるばが医学系の学会に参加して感じたことをこのシリーズのまとめといたします.

よかったこと

圧倒的な情報の質と量

学会ならではの,最新の医学情報が得られました. このシリーズでご紹介した記事は,今学会で行われた150件近い講演,及び600件以上の学術発表のごくごく一部に過ぎません. もちろんこれらの講演・発表は,多数の会場で同時並行で行われるため,一人がすべてを聴講することは不可能なのですが,それでも質・量ともに 圧倒的に高い最新の医学情報が得られます. しかも多くの場合は,個々の症例の生データも含むものです. これらの学会情報を得たあとで,テレビや健康雑誌・ネット情報を眺めてみると,実に薄っぺらく感じます.

医者の視点がわかる

通院している人でも,主治医は あなたのことしか話してくれません.同じ病院に通院している他の患者はこれこれだ,などとは個人情報保護の観点から言えないのです. しかし,学会で症例報告を聴けば,『医師の視点から見た患者』はそう見えているのかとわかります.リブレProのシリーズ記事が典型ですが,病院でリブレProを付けてもらった経験のある方でも,自分のことなのに,医師はここまで詳しく説明してくれないでしょう.

専門家も色々取り揃えております

テレビや新聞には たしかに高名なお医者様が登場して,『素人よ,よく聞け. これが絶対に正しい』というご高説を披露してくれます. しかしマスメディアの限界もあり,どんなに高度の専門医でも,限られた時間ではごく一般的なことしか話せません. 専門用語でも使おうものなら,プロデューサから「先生,もっとわかりやすく話してください」と言われるだけです.
まして その先生とは正反対の意見の別の先生が登場して 二人の間で 丁々発止のやり取りなどされたら,視聴者はどちらが正しいのか混乱してしまいます.

(C) bBear さん

テレビの健康番組などは,あくまでも裏の『台本』通りに進行させているにすぎません.

ところが学会に出てみれば,医学分野では,定説があり異論があるのは当たり前なのに気づきます. また何度か学会に出てみると,『この先生は口を開けば いつでもこう言う』あの先生は XXはYYだと口が裂けても言わない』というそれぞれのカラーが分かるようになります. たまたまネットやマスメディアで聞きかじった情報に振り回されなくなるためにも,専門家でも実は多様な意見があるのだと確認するのは意味があります.

医学書がズラリと

[注:学会会場の写真ではありません]
(C)かもね さん

学会と併設される書籍コーナーには,通常の書店ではまずみかけない医学書がズラリと並びます,たしかに大きな書店(東京なら丸善,大阪なら紀伊国屋など)にも『医学書コーナー』はあるにはあるのですが,なにしろ医学関係は高価なので(簡単なハンドブックを除けば,まず1冊 3,000円以上で[月刊誌でも!],1万円など当たり前の世界です)さすがに飛ぶように売れるわけもなく,医学書専門店(東京なら文光堂など,関西なら神陵文庫など)であっても,普段はよく出る本しか並べていません.
しかし,学会会場では売れる確率が高いので,めったに店頭には出ない書籍も並べられます.私はここでじっくりと品定めをしておいて,大きな図書館で読んでいます. 公立図書館に見当たらなければ国会図書館(東京なら国会議事堂横,関西なら 京阪奈プラザ内)に行って読んでいます(貸し出しはできませんが).日本で出版されるすべての書籍・雑誌はすべて国会図書館に納本されることになっているので,どんな医学書でもほぼ必ずあるからです.これだけの下見をしたうえで,やはり欲しいと思った本だけを買っています.

ネクタイの結び方を思い出せた

会社員生活とおさらばすると,ご不幸でもない限り 背広ネクタイ姿で外出することはなくなりました. 今回久々にネクタイを結ぶとき,『あれ?どうだっけ』となりました.

残念だったこと

学会の設立理念に反してませんか

今回の学会会場では,口演・シンポジウムの合間に,日本病態栄養学会理事長の清野裕(せいのゆたか)先生(関西電力病院長)が,この学会設立のエピソードを紹介するビデオを流していました.
日本病態栄養学会は,研究会として発足したのが1997年,その翌年には学会となり,学会設立当初はわずか238名の会員数だったそうです.それが現在は会員数9,000名を越えるまでになり(2018年),今第23回学会も参加者は5,329人となりました.学会発足からここまでの発展に導いた,日本の病態栄養学の第一人者です.
その清野先生が,学会設立の必要性を思い立った動機をこう語られていました.

当時の病院での療養食と言えば,ただ疾病名だけを見て,一律に同じ食事を出すだけだったので,これではいけないと思った. 患者の病態に応じて最適の栄養指導を行うべきだ.だから『病態栄養』学会という名称にした

清野 理事長

その通りです. しかし,実態はどうでしょうか? 食品交換表のどこを探しても,「病態によって食事内容をこのように調整せよ」などとは書いてありません(*). ただ「標準体重」と活動度から一律にカロリーを設定し,しかも炭水化物・脂質・蛋白質の比まで一律に固定しているのです(第7版からは,炭水化物比率を50,55,60%の三段階にしましたが).

(*) これについては,
「食品交換表 第7版の p.36には 『主治医は,ひとりひとりに適したエネルギーと栄養素の摂取量を指示します』と書いてある」
と反論される方がいるかもしれません.
しかし,現在 「ひとりひとりに適した食事療法」が実践できているのであれば,どうして「糖尿病診療ガイドライン 2019」で,「食事療法の個別化」をわざわざ強調せねばならなかったのでしょうか?

「患者の病態を見てそれに最適の『個別化』された食事療法が必要だ」という文章が,やっと「糖尿病診療ガイドライン2019」に登場しましたが,それでは単に振り出しに戻っただけです. しかもこの記事でも紹介したように,

『糖尿病患者への個別化食事療法の実現に向けて』これから考えるというのですから,いったいこの23年間何をしていたのでしょうか.

座長の立場もわきまえず

一般口演で,演者の7分間の発表が終わり,3分間の質疑に移るたびに,発表内容とは関係なく『糖質制限で筋肉は減少する』『糖質制限の体重減少は水分だけだ』と執拗にコメントする座長がいました.糖質制限食によほど言いたいことがあるのでしょうが,それはご自身の発表機会の際に述べればいいことであり,フェアな座長としての立場もわきまえず,何度も同じことを繰り返す 子供じみた振る舞いには辟易しました.学会にはこういう人もまだいるのだな,ということだけはよくわかりましたが.

学会参加はお得です

いかがでしょうか? 医学系の学会というと,素人には心理的敷居が高いですが,一般公開されている学会であれば,参加登録料さえ払えば誰でも入れます. たしかに3日間で2万円近くと安くはないですが,それでもコンサートやライブに2,3回行けばそんなもの. いい加減な健康雑誌や週刊誌とはレベルの違う多くの情報が得られるので,関西人の私ですら『元はとれてる』と思っています.

ところが しかし

いやあ,この記事を準備したのは 実は学会出席直後だったのです.京都から帰る新幹線の中で書き上げていました. その時点では,学会トピックスをいくつ紹介できるかは未定でしたが,締めくくりの記事だけは真っ先に書けますからね.

で,こう まとめてはみたものの,3月に開催予定だった 医学系の学会は 軒並み 延期に追い込まれています.昨日までは開催予定だった,3月13・14の 『第54回 糖尿病学の進歩 』 (金沢)も延期となりました. この分では5月開催予定の第63回日本糖尿病学会 年次学術集会(大津市)もどうなることやら.

【第23回 日本病態栄養学会 年次学術集会 完】

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >まず1冊 3,000円以上で[月刊誌でも!]

    はい、月刊糖尿病(第122号 特集:糖尿病と睡眠・覚醒障害)を買いましたが税込3960円です。
    単行本の値段としても高い方なのに月刊誌でこの値段には驚きました。
    さすがに内容は、濃いです。と言うか、タダで手に入る情報では薄っぺらすぎて私の欲しい情報がほとんどありません。

    >ネクタイの結び方を思い出せた

    学会により千差万別ですね。
    生物学科出身の妻に聞いたところによると生物系の学会はフィールドワークが多いせいか、学会でもラフな服装(Tシャツも)が多いそうです。

    >「標準体重」と活動度から一律にカロリーを設定

    糖質制限食(私の場合、炭水化物10%)では、消化のためのエネルギーが少なくて済むのか、経験上、減量期を過ぎるとカロリーを少し抑えないと体重が増えます。
    消化のためのエネルギーは水泳に匹敵すると何かで読みましたが、比較方法が定かではありません。たくさん使うんだなと言うくらいには理解しましたが。

    >『糖尿病患者への個別化食事療法の実現に向けて』これから考える

    志の高い人は、言われなくても既にそれぞれ考えているでしょう。
    そうでない人は、言われてもやらないでしょう。<そこを何とかできるように考えるのがプロの仕事のはずなんですが。

    >『糖質制限で筋肉は減少する』『糖質制限の体重減少は水分だけだ』

    先日のクレアチニンが筋肉量を表すと言うしらねのぞるば様の記事から推測するに私の筋肉量は減っていません。減ったのは筋グリコーゲンと推測されます。
    水分だけで、7kg(私の場合)も体重は減りません。脱水症状を起こします。
    しかも体水分量がもともと少なめだったので意識的に水分を摂って体水分量は増えていますから、実際にはもっと減量していることになります。
    減量期を過ぎてからはBMI22前後、体脂肪率18%前後の理想的なところで安定しています。ただ、内臓脂肪レベルは思ったほど減りません。なぜでしょう。

    >学会参加はお得です

    先日、主治医にSpO2と耐糖能の関係のグラフを見せて説明したら、「一般参加で投稿しませんか」と言われてしまいました。
    半分冗談でしょうけど、今のところ、そんな気はないので適当にお茶を濁しました(笑)
    ※購入した月刊糖尿病によく似た内容の記事が載っています。私の思いつきでやってることもあながち、無意味ではないのかなと思えます。

    >この分では5月開催予定の第63回日本糖尿病学会 年次学術集会(大津市)もどうなることやら.

    今朝の報道では、大阪在住の観光ガイドの方は、一旦陰性になって退院後に、再発し、陽性が確認されたと言う事です。
    これが、残存ウィルスの再燃ならまだましですが、再感染となると、抗体はできないのか?それともウィルスは既に変異しているのか?と思えてきます。
    再感染と言う事になれば、新たな感染機序と対策を考えなければいけなくなり、撲滅には相当時間がかかるような気がします。

    • しらねのぞるば より:

      > 月刊糖尿病(第122号 特集:糖尿病と睡眠・覚醒障害)を買いましたが税込3960円

      月刊糖尿病は 大判で頁数も多いです(もっとも 昔はもっと多かった)が,B5版ペラペラなのにもっと高い月刊誌もあります. まあほとんどの場合,医師が自腹で買うことはないとは思いますが.

      > 内臓脂肪レベルは思ったほど減りません

      体組成計で推定している「内臓脂肪レベル」にどの程度の精度があるのでしょうね? CTで見ない限り正確なことはわからないと思います.

      >「一般参加で投稿しませんか」

      いただいたデータは,ただいま解析中ですが非常に面白いですね. ただ学会発表となると,症例報告であっても,その現象をたとえ仮説であっても説明してみせなければなりません.ここをどうするかですね.