DPP-4阻害薬は『弱い』薬なのか_8【完】

ここまでの話のまとめです.

SU剤を服用していた人が 同時にDPP-4阻害薬を同時に服用すると,重篤な低血糖を起こすことがあるという症例報告から,SU剤がどのように働いているのかという話に脱線したように思われるかもしれません.
しかし,実はこの2つは直接的な関係があるのです.

エンジン故障?

車で出かけようとして,エンジンスタート(イグニション)ボタンを押したら,あれれ? エンジンがかからない??

(C) Yuzurugima さん

こんな場合,何を疑いますか? ガス欠? いいえ,ガソリンは満タンです. となると,エンジンが壊れたか....でも,ちょっと待ってほしい[(C) 某新聞],ただちにエンジン不良と決めつけるのは早計ではないか.

エンジンを起動させるために スタートボタンを押すと,その信号がセルモーターに伝わってエンジンを回すわけですが;

スタートボタンからの配線が断線していたらどうでしょうか? もちろん,エンジンは起動しません. ただこの場合,不良個所はスタートボタンからの配線であって,エンジンがいかれたのではありません.配線さえ修理すれば,何事もなくエンジンは起動するはずです.

インスリンシグナル

この例を挙げたのは,『インスリン分泌の不良が直ちにβ細胞のインスリン分泌能力低下を意味するとは限らない』と言いたかったからです.

というのも この図のように,血糖値が上がると,あるいは SU剤を服用すると『インスリンを出せ!』という信号がβ細胞内に発生します.

しかし,この信号が(エンジンへの配線不良のように)正しくインスリン分泌を担当する組織に伝わらなかったら,どうでしょうか? インスリン分泌能力自体には何の問題もないのに,ただ『インスリンを出せ!』という信号が届かなかったのでインスリンは分泌されなかった.つまり,エンジンがいかれたのではなく,配線が不良だったのかもしれません.

この 『インスリンを出せ!』という信号=インスリンシグナルの不調が,SU剤+DPP-4阻害薬で低血糖が発生した原因ではないかと提案されています.

Seino S 2017

膵臓β細胞において,インスリン分泌を促進する経路は一つではなく,いくつもあります.

  • [経路A] 一つは,血糖値が上がることにより,ミトコンドリアが産生するATPが増えて,K+ATPチャネルを刺激し,これが 回りまわって 細胞外からのCa++イオン流入を招き,インスリンが分泌されるルート
  • [経路B] この記事でも述べたURL,血糖値は上がっていないのに,SU剤がSU受容体に入り込んで,あたかも ATPが増えたかのようにK+ATPチャネルを錯覚させるルート
  • [経路C] 上記2つとは まったく独立にインクレチンがインスリンが分泌促進するルート

ところが『SU剤の二次無効』が起こっている場合,上記中 [B]のルートは 信号途絶していたのですが,

実は [A][B]とは まったく独立していると思われていた[C]のインクレチンルートは, [B]ルートとも交錯しており,滞っていた信号がこれを迂回路(=epac2A経路)として伝わった.


そのため,一挙に強力な信号が伝わって,急激かつ大量にインスリンが分泌され,重篤な低血糖を起こしたのではないか.

つまりエンジン(=β細胞のインスリン分泌能力)は 壊れておらず,ただ配線(=インスリンシグナル)だけの問題であったということです.そして この説が正しいとすると;

「SU剤投与が二次無効になっている」=「β細胞のインスリン分泌能力が枯渇した」と思われていた患者に DPP-4阻害薬を追加したら,とんでもない低血糖を起こした.

なぜこれが起こったのかを まったく無理なく説明できます.エンジンはいかれていなかったのです.

さらに,この記事 において;

[SU剤]+[DPP-4阻害薬]+[ある条件]
という3つの条件が揃った場合のみ 予想外の低血糖が引き起こされたのです. では,その[ある条件]とは?

これも説明できます. 実はSU剤とは言っても,上記の[迂回経路]を利用できるもの(グリペングラミド,グリメピリド)と,利用できないもの(グリクラジド=グリミクロン)の2種類があるのです. DPP-4阻害薬を併用したら重篤な低血糖を起こした人は,[迂回経路]を利用できるSU剤の場合だけでした. SU剤でも[迂回経路]を利用できないものでは,低血糖は発生しませんでした.

この『SU剤とDPP-阻害薬で低血糖』事件は,外見だけを見れば『SU剤の二次無効を,偶然にもDPP-4阻害薬で治療できてしまった』とも言えます. 従来の概念は覆ったのです. ということは..

新しい展望が

上記の論文の続報は まだ現在進行中ですので,今後の進展を待ちたいですが,この観点は(著者も述べているように),従来の糖尿病治療にまったく別の視点を提供するかもしれません.

従来は 『インスリン分泌が少ない/遅い』は,β細胞そのものが弱っているという解釈だけでした. したがって,弱った膵臓はもはやどうしようもないね という前提で,どう治療するかという話ばかりでした.

ところが,実はβ細胞はまったく元気で,ただ適切に信号が伝わっていなかっただけとなれば,話はまったく別です.壊れたエンジンを修理するのは大仕事です. 手を尽くしても直せないかもしれません. しかし断線した配線を交換すればいいだけとなれば,大した手間ではありません.

著者グループの今後の解明に期待しましょう.首尾よく解明できれば,糖尿病治療に革命を起こせるかもしれません.

DPP-4阻害薬は『弱い』薬なのか【完】

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    シグナルという意味で関係あるかわかりませんが。。。
    私が所属するスキークラブでは毎年、忘年会の余興でボウリング大会を開催します。球技が苦手な私は長年、下から数えた方が早い成績しか出したことがなかったのですが、糖質制限を始めてから成績が上がり、昨年は2度目の優勝、今年はハンディキャップが付き3位+ハイスコア賞を頂きました。練習もせず、年に1回しかやらないボウリングの成績が上がっているのはどう考えても糖質制限の効果としか思えません。
    そこでちょっと考えてみましたが、ボウリングは特に瞬発力や持久力がいるスポーツではなく、どちらかと言えば投球時の体のバランスや指先の感覚など神経系が重要ではないかと思われます。6年間の糖質制限によって脳を含む神経系が蘇っている実感があります。もちろん、他のメンバーの高齢化で成績が落ち、相対的に私の成績が上がっている、老化遅延の効果も感じます。
    私の血糖値は、インスリンの初期分泌が遅い、分泌が止まるのが遅い事によって高血糖、低血糖を繰り返すと言う現象が顕著であってインスリン量は少なくありません。したがってβ細胞はかなりの部分は保たれていると以前より思っていました。
    糖質制限でインスリンシグナルの伝達系の回復もあり得ない話ではないかもしれません。

    • しらねのぞるば より:

      たしかにボウリングに馬鹿力や驚異的な瞬発力は不要ですね. 私も学生時代にはやってましたが,均斉のとれたフォームがとれた時には 思い通りのコースに投げられたように思います.左利きなので,当時は石井利枝のフォームがお手本でした.

      >インスリンシグナルの伝達系

      これはほとんど解明されていないようです. SUの二次無効も,β細胞の疲弊で説明されていたのですが,実は多量のインスリンを急速に分泌する能力が残っていたとなると,従来の説明は間違っていたわけです.

  2. highbloodglucose より:

    2型糖尿病患者のβ細胞は、血糖値の上昇を感知してからインスリンを分泌するまでのタイミングが遅れている、だから糖負荷時にインスリン作用が間に合わず、高血糖になってしまうと言われていますね。
    とは言え、OGTTデータでは、2型糖尿病患者でも血糖値のピークは60分後で、120分後にはグラフが下がっているパターンが大半です。

    では、わたしのように、120分後がピークの場合はどうなってるんでしょう?
    インスリン分泌がさらに遅れていて、その上インスリン抵抗性も大きい、ということでしょうか…
    OGTTデータが残ってないから詳細が分からないけれど、典型的な2型糖尿病患者とはパターンが異なっているらしいことが気になって仕方がありません。
    また、あのOGTTから20年以上経った今、どのような結果になるのかも気になります。

    この分泌遅れが改善できればいいんですけどねぇ。
    そういう治療薬が開発されないかしら?

    • しらねのぞるば より:

      >あのOGTTから20年以上経った今、どのような結果になるのか

      ブドウ糖錠剤4個(12g)程度の ミニ糖負荷試験を今やってみたらどうなるのでしょうか? DPP-4阻害薬の効果と合わせて評価できるかもしれませんね.

      • highbloodglucose より:

        以前、ミニOGTTをしたときは、30分がピークだったんですよね。ブドウ糖10gと負荷が小さかったからでしょうね。
        75gだったらどうなるかな?と興味はあるけれど、実験のために高血糖を起こすのもねぇ… 同じ300 mg/dLを叩き出すなら、美味しいケーキを食べたいなw

        • しらねのぞるば より:

          >75gだったらどうなるか

          75gのOGTTは危険でしょうね.

          >以前、ミニOGTTをしたときは、30分がピーク

          私もこの実験で;

          https://shiranenozorba.com/2019_03_29_mini-ogtt/

          ブドウ糖錠剤を 12g~30gまで変化させてみたのですが,すべて30分がピークでした.ということは おそらくもっとブドウ糖が多い場合も やはり30分がピークになると思われます.たしかに ブドウ糖が多くなるほどTailは長引きましたが,最後はすなおに低下しました.

          とすれば,単純なグルコースだけの刺激の場合は,インスリンは素直に応答すると思われます.

          だとするとピークが遅くなる要因は,グルコース量ではないことになります.
          繊維の多い食物の場合,又は GLP-1RAの場合は 胃排出遅延でしょうか.

          今,教えていただいた坂根先生の論文を読んでいるのですが,この多数の式を眺めていると,

          [レベルに応答するもの] 絶対値の高低に比例して変化する
          [変化に応答するもの] 変化の速度に比例して応答する

          の2つの式に分類できます.

          つまりインスリン分泌速度は,血糖値の高低[A]だけでなく,血糖値の変化速度[B]にも影響されるのではないでしょうか.もちろん[A]が支配的な人と,[B]が優位な人と言う個人差はあるとして.
          じわじわと血糖値が上がると,結果としてインスリンもゆっくりと出てくるのではないか,という考えです.

          • かかか より:

            横からすみません。

            >単純なグルコースだけの刺激の場合は,インスリンは素直に応答すると思われます.

            私はこれです。75gの試験を3回しています。一番高くて102とか、どんなに高くても135とかでした。ところが、100g程度の白米とパイナップル4切れと味噌汁程度で2時間後は150〜200で、2時間後が一番高くなります。食事をして自分で30分毎に測ったことが数回あるので。
            この謎を医師に聞くと、「そういう人いる」のだそうです。
            胃下垂、消化酵素とかの関係もあるのかなと思ったりします。

          • しらねのぞるば より:

            >この謎を医師に聞くと、「そういう人いる」

            『そういう人もいるらしいね』だけでは,素人ならともかく 医師の回答としては失格だと思います.『そういう人もいるらしいね.なぜなら,これこれこういうことが起こるから,糖負荷試験とは違うのだ』と きちんと解説できないのでは.

            >胃下垂、消化酵素とかの関係もあるのかな

            とはいえ,この記事にも書いたように;

            https://shiranenozorba.com/2020_05_02_fat-in-food-and-postprandial-bg-insulin3/

            マッシュポテトとスープ,そしてマーガリンだけという 非常にシンプルな食事であっても,血糖値はこれだけ複雑な動きをするのですから,通常の食事では わけがわからないというのも当然なのでしょうね.