インスリン分泌の『なぜ?』を考える3

前回まで

  • 膵臓β細胞が,血糖値の上昇に対応してインスリンを分泌している状態,また 血糖値の低下に対応してインスリン分泌を止めている状態,この2つの状態をスムーズに切り替えるのを妨げる何等かの『敷居』=活性化エネルギーが存在するのではないか
  • 磁気記録メディアに使われている磁性体は,外部からの磁界が強まっても,その磁化が弱いうちはまったく応答せず,一定強度になると,突然磁化が反転するので,ヒステリシス曲線を描く

というのがここまでの話でした. この二つを結びつけてみます.

ここで 話は やっとインスリン分泌に戻ります.

理想の膵臓

教科書には

  • 膵臓β細胞は,血糖値が正常範囲にある時は,ごく微量のインスリンを分泌しているが,
  • 血糖値が上昇してくると,それに応じてインスリン分泌を増加させる.
  • 血糖値が下がり始めれば,やはりそれに対応してインスリン分泌を減少させる.

とあります.

そこで,横軸に ある時点での血糖値,縦軸にその時点でのインスリン分泌量が測定されたとします.
インスリンは血糖値が高くなると分泌され,血糖値が下がると分泌が減る,つまりその時々の血糖値に応じたインスリン量になるはずですから,理想的には このグラフはこうなるはずです.

もちろん,膵臓β細胞は無限にインスリンを分泌できるわけではないので,どこかで頭打ちになります. しかもその頭打ちレベルは人それぞれでしょう.また どれくらい血糖値が高いと どれくらいのインスリンを分泌するかも 人それぞれでしょう.

しかし,膵臓が理想的であれば,血糖値が同じならインスリン分泌量も常に同じであるはずです.

ここでは赤点線のように 血糖値が140の時には 必ず70μuのインスリンを分泌するとしています.

では糖負荷試験で 正常な人のデータをは,このグラフのようになっているのでしょうか?

それを 納先生のホームページに掲載されている5時間の糖負荷試験データで検証してみましょう.

みごとに正常です

納先生のHPデータで,もっとも『美しい』糖負荷試験の形を示すのは No.14の30歳台の男性です.

糖負荷試験の最初の15・30分で即座にインスリンが出て,しかもこれが最大ピーク値です.血糖値は上がりますが,せいぜい135mg/dlにしかならず,以後 少し波打つものの緩やかに低下して,120分では98と,憎らしいことに開始前の血糖値とぴったり同じです. そしてそこまで血糖値が下がれば,もはやインスリンの出番はないので,180分以降は 空腹時を下回る分泌量になっています.

糖負荷試験の模範例

と崇めていいでしょう.

このデータを,横軸=血糖値, 縦軸=インスリンでプロットするとこうなります.

0分から始まって,15/30分で頂点に達した後は,ほぼ直線状に元の出発点に戻っています(途中120~180分ですこし足踏みしていますが).

このNo.14の方は,血糖値の上昇/下降に応じて,すいすいとインスリンを出したり引っ込めたりできるのでしょう.ほぼ理通りのグラフになっていると確かめられました.つまり,同じような血糖値の時には,インスリン分泌もやはり同じような値になっているのです

[4]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >みごとに正常です

    ブログ記事の主旨から外れますが、このNo14の正常血糖の方のグラフを見て、ふと目に留まったのが、0分のインスリン値9.8です。
    これが早朝空腹時とすれば、HOMA-R=2.3で、私(2.1)よりもインスリン抵抗性が高い事になります。

    気になったので26名のHOMA-Rを計算してみましたが、2.0以上の方は他にも1名(No10)見つかりました。

    (No10)0分の血糖値: 90,インスリン値:9.6,HOMA-R:2.1
    (No14)0分の血糖値: 98,インスリン値:9.4,HOMA-R:2.3
    ( 私)0分の血糖値:121,インスリン値:6.9,HOMA-R:2.1

    No10の方のHOMA-Rは私と同じです。

    そこでインスリン値の120分までの曲面下面積を計算すると、どの時間帯を見ても私のインスリン分泌は圧倒的に少ないですね。

    No10:(0~30分)90.8 → (~60分)100.2 → (~120分)216.2(合計)407.2
    No14:(0~30分)65.0 → (~60分) 53.5 → (~120分) 74.6(合計)193.1
     私:(0~30分)11.7 → (~60分) 26.4 → (~120分) 55.8(合計) 93.9

    私とほぼ同じHOMA-Rで正常血糖のNo10とNo14の方のインスリン分泌が私よりも圧倒的に多いという事は、私もこう言う状態を経て現在に至ったと考えるべきなのでしょうか。
    今まで、私のインスリン分泌は遅いだけで量はそれほど減っていないと思っていましたが、この結果を見ると私と同等のHOMA-Rならもっとたくさん分泌して正常血糖を保とうとするのが正常だと思え、今のインスリン分泌はかなり少ない事になります。
    また一つ考えるべき課題ができました。

    • しらねのぞるば より:

      インスリン量がダントツに少ないのは No.25の方ですね. しかも30歳代と若いので病的なものとも思えません. ピーク血糖値は184ですが,この人が痩せ型であれば,体積あたり多量のブドウ糖を一気に流し込んだのですから これくらいの上昇でとどまっているのはむしろ健全でしょう.
      ところがインスリンのピークは120分です.

      ですから,学会資料によくみられる『日本人はインスリンの分泌が遅延し,かつ少ない』のは糖尿病の症状ではなくて,健康な日本人の標準的なパターンだと思っています.