【続】[2型糖尿病]は存在しない[2] ワグナー分類

糖尿病予備軍の段階の人達に,Ahlqvist博士と同様にCluster分析を適用するとどうなったかというこの論文の著者は R.Wagner というドイツ/テュービンゲン(Tübingen)大学の新進気鋭の学者です.

R.Wagnerと聞けば この人が思い浮かびますが,

R.Wagner

『ワルキューレの騎行』 などで有名な音楽家のWagnerは,Richard Wagner. こちらは Robert Wagnerでした.

Wagner博士のこの論文は,Ahlqvist博士の革新的な先行例を踏まえて,更に 深く詳細なものになっています.

分析の対象

Ahlqvist分類では,新たに糖尿病と診断されてから1年以内の人が対象でした.
しかし,糖尿病の真の発症時点とは,医師が糖尿病を宣告した時点ではありません. 空腹時血糖値やHbA1cが正常でも,そのはるか以前から ほとんどの例で,食後血糖値の上昇などが認められるからです.
実際 2型糖尿病と診断された人は,その10年以上前から膵臓β細胞の機能低下しているという報告もあります.

つまり 糖尿病と診断された時よりもはるか以前から糖負荷試験2時間値はじわじわと上昇しており,この『予備軍』の段階が,実は 本当の糖尿病発症時点なのです.

したがって,Wagner分類は,まだ糖尿病とは診断されていないが,糖尿病のリスクの高い人だけに絞って詳細に調べることにしました.

この論文では,2つのデータベースを用いています.

TUEF / TULIP

TUEF = TUEbingen Family study(テュービンゲン家族研究)と,TULIP = TUebingen LIfestyle Program(テュービンゲン生活習慣プログラム)です.

テュービンゲンは,ドイツ南西部 バーデン・ヴュルテンベルク州(Baden-Württem­berg)にある美しい都市です.中世1477年に欧州で最古の大学が設立されたところで,学術都市としても有名です.

糖尿病発症に影響する因子を研究するために,2003年から2018年に主として新聞広告・ネットで参加者を募りました.この試験に参加した人は,頻繁に糖負荷試験,及び MRIと1H-NR(プロトン核磁気共鳴)撮影により,体内の脂肪分布や肝脂肪量を測定し,糖尿病発症との関係が追跡されました.ここから,データが完備していた899人をクラスター分析しています.

選択基準は,現に糖尿病予備軍の人/家族に糖尿病患者がいること/BMI=27以上/妊娠糖尿病の履歴のある人など,つまり糖尿病のリスクが特に高い人を対象にしています.
追跡期間終了後もフォローアップに応じていた人は初期参加者の約半数(421人)で,同様に OGTT,血糖値,HBA1cの測定が継続されました.

Whitehall II cohort

TUEF/TULIPで得られたCluster分析結果の妥当性を検証するために,英国のWhitehall II 観察研究データベースが使われました. TUEF/TULIPと同様のCluster分析を,Whitehall IIに適用してみて,同様の特徴を持つClusterが同じような比率でみられれば,Cluster分析に普遍性があったことになります(Replication=複製による検証[★]).

[★] この複製検証は,Data-Driven Cluster分析には必須です. 非階層化Cluster分析は,結果が偶然に左右されることも多いので,一つのデータベースで得た結論が,他の同様のデータベースでも同じになるとは限らないからです. 逆に複数のデータベースで同じ結果が得られれば,それ以外のデータベースでも成立するだろうという普遍性が確立します.

Whitehallとは,英国に行ったor暮らしたことのある人ならすぐにピンとくると思います.Whitehallは,ネルソン提督記念碑のあるトラファルガー広場から南に下がる道路一帯の官公庁街のことで,日本で言えば『霞が関』にあたります.

ここに勤務する33〜55歳のすべての公務員を対象に1985〜1988年に詳細調査した研究です. 総参加者は 10,308人. 調査の目的は 主として社会情勢・経済事情・ストレスが,公務員の心身の健康及び総死亡率に及ぼす影響を把握するためのものでした.ロンドンの中央官庁なので,勤務条件に極端な変動がなく,この調査の目的に合致していたからです.調査期間中,及びその後も5年ごとに 同一人を詳細に追跡調査しています.Wagner博士のCluster 複製検証では,既に糖尿病を発症していた人は除かれています. また人種的因子による交絡を避けるため,白人のデータだけを使っています.

[3]に続く

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