まあだだよ

(C) すまいるほっぺ さん

健康食スタートブック

今年の5月に鹿児島で行われた 第66回日本糖尿病学会 年次学術集会で,学会の植木理事長はこう述べておられました[理事長声明].

(これまで食品交換表などを発行してきたが) 2019年の『糖尿病診療ガイドライン』では大きく方針を転換した.しかし,この方針はまだ十分に普及していない.そこで食事療法に関する委員会で検討の結果,『健康食スタートブック』を発行することにした.もうすぐWEB上で公開される.

第66回日本糖尿病学会 年次学術集会 理事長声明

スライドではチラリとこんな感じの表紙(一瞬 映されただけなので,このイメージは不正確です)が示されましたので,装丁なども既に決定していたのでしょう.

 ただし,この『健康食スタートブック』がどういう内容なのかについては触れませんでした.

一方 同じく この学会の【教育講演19】では「糖尿病の食事療法」について解説が行われました.
日本糖尿病学会の教育講演とは,糖尿病の専門医 又は 専門医をめざす一般内科医のために,糖尿病についての最新の情報を要領よくまとめて紹介するものです. つまり専門医にとっては教科書のようなものです.

今回糖尿病食事療法の教育講演を行ったのは,京都府立医大の福井道明先生で,その内容は 大要下記の通りでした.

教育講演の骨子
 
糖尿病の 望ましい食事療法について,日本糖尿病学会は こう考えている.
 
(1) 炭水化物比率は50~60%が最適
(2) 一日3食は守るべき. 朝食は抜かない
(3) 食物繊維を多く摂る
(4) 早食いはしない
(5) 遅い夕食はしない
(6) 蛋白質は3食均等に
(7) 味噌などの発酵食は積極的に摂取
(8) 脂質が苦手な人は中鎖脂肪酸を

第66回日本糖尿病学会 年次学術 教育講演19

この内容が,上記で理事長の述べた『健康食スタートブック』の内容 そのままであるとまでは言いませんでした.

しかし 上記理事長声明は 大会初日(5/11)の14:30に,そして この教育講演19は大会二日目(5/12)の16:30に行われていますから,前後関係からして 理事長が言明した『健康食スタートブック』とは全く異なる内容を紹介するとは考えにくいでしょう. すなわち,この教育講演では すでに原稿確定済の『健康食スタートブック』のダイジェストを紹介したとみるべきです.

そうだとすると,この5月の時点では『健康食スタートブック』では,

【炭水化物比率は 50-60%が望ましい】

と明記することになっていたのだろうと思われます.

しかし,これらの記事にも書いたように;

糖尿病患者が炭水化物比率 50-60%の食事を摂れば,もっとも全死亡率が低くなる

というエビデンスは存在しないのです.エビデンスがないのでは 炭水化物比率 50-60%を推奨できる根拠がありません.

矛盾しています

日本糖尿病学会は 2022年9月に『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』を発表して,

「糖尿病の薬なら何でも同じではなくて 患者の病態によって 適切な選択をしなければならない」

と述べています.特に同じ2型糖尿病とは言っても,肥満タイプとそうでないタイプとでは,薬の使い方が違うと明言しているのです.

『2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム』 (一部)

そうであれば,2型糖尿病の食事療法が「肥満でも,肥満ではなくても,まったく同じ」というのは矛盾しています.患者の病態に応じて よく考えて薬を選べといいながら,食事療法はまったく同じでいいと言っているからです.

また 日本病態栄養学会は「(患者の)病態に対してどのような栄養療法が最適であるかを解析する」 だったはずですが,どう解析しているのでしょうか.

なぜそこまで固執するのか

糖尿病の食事療法において,いかなる場合でも,炭水化物比率は50~60%が最適である

どうして ここに これほど こだわるのでしょうか.
この1文さえなければ,上記の教育講演で紹介された食事療法の骨子は,私がChatGPTに尋ねてみたものと同じような ,ごく柔軟な健康食の推奨になります.

Chat GPTも,炭水化物比率 60%の食事療法を否定はしていません. しかし,炭水化物比率 60%が必須であるともしていません.つまり単なる選択肢の一つとしてならば あり得るという立場です.

しかし,(エビデンスがないのに)『炭水化物50-60%が必須』 と書けば,それは『個別化された食事療法』でもなく,食品交換表の根幹を存続させることになります.つまり『健康食スタートブック』は単に『名前を換えただけの食品交換表』になってしまいます.

『糖尿病診療ガイドライン 2019』で『個別化された食事療法』に転化ししたとは言いつつ,『炭水化物比率 50-60%』を入れるか入れないかで,全然違った正反対のものになるのです.

  • 表現は変わっても,食品交換表の精神は絶対に残したい人
  • エビデンスはないのだから,意味もなく50-60%を指定すべきではないという人

この両者の対立が続いているので『健康食スタートブック』の最終原稿が確定しない,だからいつまでたっても公開できないのではないかと想像しています.

もううんざりしますが,食事療法の迷走 はまだ続いているのです.

なぜそれほどまでに 50-60%を死守したいのか? 私からすれば,それって日本教だから なんでしょうか? と思います.

「宗教では 教義の撤回や修正はありえない」

とすれば それはもはや科学の領分ではなく,宗教ですね.

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    炭水化物50〜60%の食事が健康維持に良いと言うエビデンスはなく、単に病気でない日本人の食事の平均値だと思うのですが、どう考えてもおかしいのは、その食事が糖尿病患者にも適用されている事です。健康人の食事と治療食は違ってて当然と思うのですが、どうして同じで良いと思ったのでしょう。他に思いつかなかっただけじゃないかと邪推してしまいます。
    この比率を守りつつ炭水化物の絶対量を減らすにはカロリー制限しかありません。カロリー制限食が糖尿病患者に良い結果を示しているとすれば炭水化物の絶対量が減ったことによる効果が大きいでしょう。痩せ型糖尿病の多い日本でカロリー制限が効果を上げるとは思い難いですし、フレイルのリスクが問題になり始めていますから、やはり単なるカロリー制限はリスクの方が大きいと思います。私は糖質制限食ですが、カロリーは全く制限していません。それでも投薬なしでコントロールできていますし、10kg減量した体重も5年以上リバウンドせず維持できています。

    • しらねのぞるば より:

      >他に思いつかなかっただけじゃないか

      『食品交換表で推奨してきた食事療法にはエビデンスは存在しない』,このことは 植木 理事長の就任挨拶でも明言しています.

      理事長挨拶
      http://www.jds.or.jp/modules/about/index.php?content_id=1

      >科学的根拠に裏打ちされ患者さんの病態や社会環境を考慮して
      >個別化された食事療法や運動療法についての研究は、まだまだ進んでいません。
       
       
      糖尿病でも 一般の日本人と同じ食事でよいというロジックは 破綻しています.

      糖尿病でも 健康人と同じ食事がベストというならば,高血圧の減塩食や,腎症の蛋白制限食も不要ということになるからです.

      結局 食品交換表第5版で『健常者でも糖尿病でも この炭水化物 60%が理想の健康食である』と言い切ってしまったことが いまだに尾をひいているのです.

  2. highbloodglucose より:

    >糖尿病でも 健康人と同じ食事がベストというならば,高血圧の減塩食や,腎症の蛋白制限食も不要ということになる

    腎症の場合はさておき、高血圧の減塩食だと「そもそも日本人は塩分を摂り過ぎているので、本来は健常者でも減塩すべきである。高血圧なら一層減塩に努めるべきである」というロジックでしょうね。

    同じく糖尿病の場合も、「食品交換表で示している食事は日本人にとって理想の健康食である。糖尿病患者はこの健康食から大きく逸脱した食事(カロリー過多、脂質過多)が原因で発症したのだから、この健康食にすれば症状は改善するはずである」というロジックなのだと思います。

    減塩食も食品交換表の食事も、患者のための「療法食」ではなく、「健常人も目指すべき理想の食事」なのです。それを逸脱するから病気を発症するのです。

    というわけで、

    >『健常者でも糖尿病でも この炭水化物 60%が理想の健康食である』

    彼らのロジックでは、これは間違いではないのです。言い切って当然のことなのです。
    これほど分かりやすいロジックはないと思います。
    それが正しいかどうかは分かりませんが。

    > 日本病態栄養学会は「(患者の)病態に対してどのような栄養療法が最適であるかを解析する」 だったはず

    この場合の「個別化された食事療法」というのは、きっと、「炭水化物源は米に限らない、患者の病態や嗜好によっては、和定食だけではなくパンや麺でも認める。また、脂質とたんぱく質の比率は、患者の特徴、嗜好に合わせて、ある程度の柔軟性をもたせてよい(ただし、飽和脂肪酸は控える)」という意味なんじゃないですかね〜
    ほら、めっちゃ柔軟!w

    それにしても、福井氏の「8)脂質が苦手な人は中鎖脂肪酸を」って、そこまで脂質が苦手で摂ることができない人が存在するのかと驚きました。肉も魚も乳製品もナッツもNGという人でしょうか? 世の中、「脂質の摂取量を減らせ、とにかく減らせ」と注意される人の方が圧倒的に多いと思っていたので…

    • しらねのぞるば より:

      >それが正しいかどうか

      ですよね.ですから 炭水化物60%が理想の健康食であることを証明するエビデンスが存在すれば,まったく話は簡単です. ただ,それが存在していないわけで.

      >炭水化物源は米に限らない

      ところがですよ,いつかの学会で『米に含まれる食物繊維は,他の穀物とは異なり,更に健康によいのだ』という講演が行われました.もう何が何でも米でなくてはならないのだと.

      >脂質が苦手な人は中鎖脂肪酸を

      これは『揚げ物は避けて』=実質的には『揚げ物を食べるな』と言っているので,それでは脂質不足になってしまう場合のExcuseだと思います.

      更に 炭水化物60%の最大の問題点は,食後血糖値です. ガイドラインでも食品交換表でも糖尿病患者が炭水化物60%の食事をしたら,食後高血糖になることには絶対に言及しません.
      学会講演ではありませんでしたが,一般口演で『糖質制限食と炭水化物60%の食事を比較したところ,後者で好結果を得た』という発表に対して,『その場合 食後の血糖値はどうだったのか』という質問が(当然)出たのですが,発表者は『測定しておりません』と答えていました. そんなわけないだろー!

      • highbloodglucose より:

        >『揚げ物は避けて』=実質的には『揚げ物を食べるな』と言っているので,それでは脂質不足になってしまう場合のExcuse

        えー?
        病院食には揚げ物は一切出ないし、肉はほんのちょっぴり、青魚は出ない、チーズもナッツも出ません。飽和脂肪酸摂取枠のほとんどを牛乳が占めてるんじゃないかと思うくらいの食事内容です。これでも、おそらくPFCは15 : 25 : 60ですよね? 逆に言えば、あれくらいの内容にしないと脂質の摂取量がオーバーしてしまうということですよね。
        脂質の摂取量が不足するような人ってたんぱく質の摂取量も不足しそうな気がしますが、一体何からたんぱく質を摂っているのでしょうね?(野菜と穀物ばかりの食事で、たんぱく質は穀物からかしら…?)

        >そんなわけないだろー!

        ザ・忖度?w

        • しらねのぞるば より:

          >病院食には揚げ物は一切出ない

          今まで 低脂質・低蛋白がヘルシーと刷り込んできたために,サルコペニアの原因を作ったのではないかという批判に直面しているようです.

          >野菜と穀物ばかりの食事で、たんぱく質は穀物から

          そうです! そうですともっ! それこそ万病を治す『理想の健康食』なのです. なに米だけでも 1日に一升 食べれば 十分な蛋白質を補給できるのですから. 実際昔の農家では 一升飯が当たり前だったようです.