食事療法の迷走[14]マクガバン・レポートは日本食を絶賛した?(1)

前回までの記事で,

『マクガバン・レポートが日本の,特に江戸時代・元禄期の日本食を理想的と評価した』というのはデマである

と書きましたが,これについて

マクガバン・レポートでは,日本の食事が心疾患の低い原因だと評価しています

というご指摘が届いております.それでは;

レポート原文を見てみましょう

おそらく上記の指摘をされた方は,マクガバン特別調査委員会報告・補足文書;

McGovern  report suppl.

を指しておられるのだと思います.この文書にはたしかに日本に言及した箇所があります[後述]. しかし,その前にマクガバン・レポートが『食事の脂質を減らすべきだ』をどういうロジックで展開し,そして公聴会に出席した証人から論破されてしまったのかを見てましょう.

マクガバン・レポートの論理

マクガバン・レポートでは,膨大な「エビデンス」が挙げられています. しかし,それらは 『委員会のスタッフが世界各国を調査して回った』のではなくて,当時の 医学・栄養学文献からの引用がほとんどでした. それ以外には 専門家にヒアリングした記録,それでほぼすべてです.

まず 米国人の脂質摂取が増えているというデータは,この通りです.

米国農務省 『食事の栄養素摂取比率の推移』

そして,脂質摂取比率と心疾患発症率が相関する一例として,米国とスウェーデンの病院で 入院患者中に占める心疾患患者の割合と,その患者から聞き取った普段の食事の脂質割合とを比較した論文を引用しています.マクガバン・レポートではこれと同じような内容の文献を多数引用していますが,これはその代表例の一つです.

マクガバン特別調査委員会報告・補足文書 p.601

つまり,食事に占める脂質の割合が高いと心疾患(この場合は冠動脈疾患)が高くなる傾向が見られたとしています.

Leading Causes of Death

以上の相関関係から,1900年以降の米国での心疾患死亡者のこの増加は,脂質摂取増加が原因であると結論づけたのです.

相関関係だけが示されている

統計に強い方なら,もうおわかりのことと思いますが,上の3つのグラフを結びつけても,それらは相関関係であって,因果関係の立証にはなっていません.

現在の日本でもこういう文章は よくみられますが;

  • 静岡県の一人あたりのお茶の消費量は日本一である.
  • 静岡県の XXX癌の発生率は,日本で一番低い.
  • よってお茶のカテキンには,癌を予防する効果がある,
(C) はーもにー さん

マクガバン委員会が力説したことは,本質的にはこれと同じ三段論法にすぎなかったのです. だからこそ,医学者・科学者がこぞって『疫学データは科学的証明にはならない』と衝いたのですが,統計の専門家ではないマクガバン議員からすれば「これほど完璧に証明されていることが なぜ否定されてしまうのか?」と さぞ不思議だったでしょう.

[15]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >疫学データは科学的証明にはならない

    刑事事件などでおなじみの状況証拠ってやつですね。
    状況証拠だけでは、決定的にはならないけど、まぁ、第一歩を踏み出したってところでしょうか。
    なぜ、そうなるのか、裏付けはこれからってところですね。
    あるいは、否定する事実がない事を証明できればいいんですけど、いわゆる悪魔の証明になってしまいます。

    私はいつも状況証拠だけを頼りに自分の肌感覚で物事を考える、理論は後回しって言う非科学人間で、しらねのぞるば様のブログでも、都度、裏付けをとっていただき、ご迷惑をおかけしておりますが、自分の事を自分で考えてるだけですから。<許してw

    • しらねのぞるば より:

      医学では,感染症などを除いて,実は 完全に因果関係が証明されていることはほとんどないのですよね. まして食事の内容と疾病との関係なんて 永遠に立証不可能だと思っています.そうであるのに,あたかも理想の食事は炭水化物何%,脂質は何%以下などと絶対真理であるかのように唱えてきたことの愚かさをこのシリーズでは書き残していこうと思います.

      それにしても栄養素の摂取絶対量ではなくて,なぜあんなに『比率』にこだわるのでしょうか. 食品交換表も初版から第4版までは,蛋白質/脂質の最低限摂取【量】を定めていたのに,第5版から現在までは【比率】になっています.昔の方が よほど科学的であったと思います.

  2. 西村典彦 より:

    カロリーを固定すれば比率で絶対量は決まります。そしてその比率がいわゆる「バランスの良い食事」となるのでしょう。

    昨日は定点観測でうどんと穴子天を頂いき、その後に間食もしたので私にしては結構高糖質です。
    そして今日は打って変わって昼抜きですが、非常に足取りは軽く、昨夜も熟睡できて体調が良いですね。かなり偏った食事スタイルですが、バランスが良いとはどう言う事なのかいつも考えさせられます。
    きっと満腹と飢餓を繰り返すのがバランスが取れてる太古からの食事スタイルじゃないかと思えてきますw

    • しらねのぞるば より:

      >カロリーを固定すれば比率で絶対量は決まります
      ところが 食品交換表では,各種のカロリー設定に対して 比率を固定しています.
      つまり,どのカロリー設定にするかによって,摂取絶対量が大きく変わるわけです.

      1,000kcal設定でも,2,000kcal設定でも,脂質が25%未満ならそれでよしという考えがどうしても理解できません.

  3. 西村 典彦 より:

    >1,000kcal設定でも,2,000kcal設定でも,脂質が25%未満ならそれでよし

    体重比で50kgの人に比べて100kgの人は必要な摂取カロリーが倍になるわけですが、タンパク質も脂質も炭水化物も倍になれば、同じ比率です。
    だから絶対量は、例えば体重比で決まり、同じ体重なら絶対量も同じと言う事ではないでしょうか。体重は違えど、必要な絶対量は同じと言う考えはないのだと思います。
    しらねのぞるば様がおっしゃっているのは、そう言う単純な事ではないような気はしますが??

    BMIが適正範囲なら50kgの人も100kgの人も体重比でカロリーを摂取し、含まれる栄養素の比率は同じで良いと言う事だと私は思っています。

    しかし、体重が200kgあるからと言って50kgの人の4倍食べて良いのかと言う問題は、別途、あると思います。
    こう言う場合、薬を投与する時の量はどうするのでしょう。単純に体重比で投与するのでしょうか。それとも上限、下限が別途設けられているのでしょうか。
    食事はそれに準ずる考え方にはなっていないと言う事でしょうか?

    • しらねのぞるば より:

      食品交換表の第5,6,7版の 1,200kcal設定食をみてください.
      初版~第4版までの食品交換表では,カロリー設定がどうであろうと 必須アミノ酸と必須脂肪酸は 1日に必要な最低量を摂らねばならないという考えから,1,200kcal食は(結果的に)P=20%, F=28%,C=52% となっていました.ところが第6版,第7版となるにつれて,どんどんCの比率を上げ,Fの比率を下げていって,第7版では,設定カロリーにかかわらず,P/F/C=17/23/60に揃えてしまいました.
      つまり,必須最低摂取量などどうでもよい,カロリー比率の方が優先だというわけです.

  4. 西村 典彦 より:

    >1,200kcal設定食

    このカロリーは基礎代謝分だと思われます。
    したがって、そこに含まれるPFCも最低限度の量でないとおかしいわけですね。
    そもそもPとFとCのそれぞれの必要最低量を足せば1,200kcalになったと言う事でなければおかしいはずですよね。
    それぞれが最低限度だから、何かを減らして別のもので総量の帳尻を合わせればよいという事な成り立たないですね。

    しかし、PFCのそれぞれの最低量だったはずの絶対量が比率優先によってコロコロと変わっているのですね。
    だから「必須最低摂取量などどうでもよい,カロリー比率の方が優先だ」と言う事ですか。
    それはおかしいですね、納得です。

    • しらねのぞるば より:

      >それはおかしいですね

      中嶋先生からご紹介いただいた,戸川律子さんの報文にも

      『しかしながら、マクガバン・レポートには、日本の食生活を賛美した記述は一切見られない』(p.53)

      とあるように,日本は マクガバン・レポートの皮相だけを見て 壮大な勘違いから数字に振り回されてきたのではなかったかと思っています.