食事の脂質と食後血糖値[7 完]考察4

マッシュポテトのような高糖質の食品を食べる前に,既に腸に脂質が存在していると,

  • マッシュポテトは胃の中で足留めをくらって,排出されるのが大幅に遅れる
  • したがって血糖値やインスリンが上昇する時刻も遅れる
  • ただし 血糖値やインスリンの量が下がるわけではなく,ただ時刻がずれるだけ

以上が前回記事までの考察結果でした.

マッシュポテトに脂質が混ざっていると

では,糖質と脂質が完全に混ざっている状態はどうなのでしょうか.
まったく脂質なしの場合とマッシュポテトに脂質を混ぜたものとの比較が下の図です.

血糖値のピークはほとんど同じ値で,時間のズレもわずかです. にもかかわらず,インスリンのピーク値が低いことに目を奪われます.

そこで ポテトの胃排出時間とインスリンの変化だけをグラフにするとこうなります

胃から半分だけポテトが出て行った時刻(=半減期)を見ると,脂質なしでは65分だったのが,脂質ありでは145分とほぼ2倍遅くなっています.

前方(=腸)に既に脂質があると,胃の中のポテトは足留めされたのですが,この場合は 排出速度だけが極端に遅くなるようです.

田園都市線のアナロジーをここでも使うと(),長津田から渋谷まで すべての信号が黄色になってしまったので,線路上の全列車が一斉にノロノロと徐行運転するという,あの朝の恒例行事です,

() 関西の方は いったい何を言ってるんだ?と思うでしょうね. 東京の私鉄は 阪急のようにスイスイとは動かないのです. 逆に東京の方は,関西ではすべての私鉄が京浜急行のようにブイブイと走っていると思ってください.

腸に届く糖質の量

胃からほとんどすべてのポテトが排出されるのは,上記の半減期の2倍の時間だと推定されます. 糖質量はどちらも同じ(=46g)なのですから,単位時間あたりでは,腸に届けられる糖質はまるで違うことになります.それを表にしてみると;

当然 脂質があった方が,時間あたりの糖質量は少ないです. つまり 脂質がない場合に比べて,糖質がチビチビと長時間送られてくるわけです. これがインスリンの比率とほぼ一致しています.

別館ブログにも書いたように,『脂質は食後血糖抑制剤』になるのは,この速度差が原因なのです.

科学しましょう

Cunningham教授の論文の概要は以上の通りでした.

Cunningham_BJN-1989-61-285

この実験を糖尿病患者で行った論文を探したのですが,Cunningham先生は消化生理学が専門のようで糖尿病には興味がないらしく,残念ながら見当たりませんでした.

しかし,脂質の効果を調べるために,マーガリンを60g,それもポテトはともかく,コンソメに混ぜてみる.通常の食事でははこんなことをする人はいないでしょうが,明確な差を出すために わざとこういう条件にしたのです.
対象者に若く健康な人を選んでいるのも同じ理由でしょう. 消化・吸収やインスリン分泌が不安定かもしれない糖尿病患者・高齢者を対象にした場合,あいまいなデータが出ると,脂質の効果によるものなのか,それとも本人の健康状態によるものなのか結論が下せなくなってしまうからです.

この論文が典型ですが,欧米では栄養学も徹頭徹尾 科学(Science)的立場で実験を計画し,淡々と現象を解明していきます. 栄養学も医学・生理学と同じアプローチなのです.

それに対して 日本の栄養学は 調理・料理が原点なので,どうしても科学的発想にはならないようです.

今回の考察でとりあげた文献で,日本人の文献はまったく引用されておりません.世界はそれで何も困っていないのです.

データ栄養学の権威=東大の佐々木 敏教授は,学会講演で『日本の栄養学は世界の圏外』と喝破しておられましたが,まさにその通り.

しかし困ったことに当事者はそう自覚していないようです.だから食品交換表のようなトンデモ発想が出てしまうのですが,これについては別途 考えてみたいと思います.

【食事の脂質と食後血糖値 完】

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >食品交換表のようなトンデモ発想

    一応、食品交換表は持っていますが、ほとんど活用することなくどっかに眠っています。そもそも私には、炭水化物の量が多すぎて高血糖を抑えられないことは一読して分かりました。きっとこれを続けるにはいずれ、インスリンが必要になる事が直感できましたし、計算が複雑すぎて私の限られえた頭脳では覚えられません。本当にこれで毎食、正確に計算している人はいるのでしょうか。

    それに比べて、糖質制限は、食べた糖質量だけに注目すればよいし、PFC比率は気にしなくても総カロリーを一定にすれば、糖質量に応じて自然と同じくらいに落ち着きます。非常に簡便で食後血糖値に対して効果は絶大です。長期のリスクは分かりません。あくまでも自己責任の範疇ですが、食品交換表を使ったところで食後血糖値は抑えられないし、長期のリスクが分からないことは同じです。どっちも結果について誰も責任を取ってくれないことは同じです。じゃあ、どちらを選択するかは明白です。

    私の主治医は、当初、「炭水化物をもっと食べないと将来、高たんぱくで腎症になる(かもしれない)」と言いました。高炭水化物で食後高血糖を繰り返す目の前のリスクと、将来、あるのかどうかも医学的にはエビデンスがない高たんぱくによる腎症のリスクを天秤にかけて高炭水化物食を選択しろと言う、意味不明な食事指導をされました。もちろん、丁重にお断りして、現在に至っていますが、その主治医も現在は、私が受診ごとに提示するデータを毎回、興味深そうに見ています。もう、糖質制限をやめろとは言いません。気を付けてねって言われますがw

    そもそも日本の医学部では栄養学の授業は形だけでしかないようですから、医師と言えども栄養学については素人同然です。
    よく、医者でもないのに糖質制限なんかを勝手にやってうまくいくはずがないという人がいますが、医師は栄養学については素人です。素人の言う事を聞いてもうまくいかないのは当たり前です。実際、日本の糖尿病患者は減っていませんから、それを裏付けています。

    だったら、自己責任だろうが医師でない自分が勉強して実践することに何の疑問もなく、失敗したとしても人に言われて失敗するよりも十分納得できると思いますが。。。私、失敗しないから<大門未知子風w

    • しらねのぞるば より:

      食品交換表がどこで道を踏み外してトンデモに至ったのかをまとめようとしております.

      まず食品交換表に記載されているデータそのものは,どれもその時点での正しい数値データです.今も昔も.

      ところが,それらの数値をどう位置付けるか,ここでガードレールを突き破って Scienceの道から転げ落ちてしまったと思っています. 本来これは 家庭の主婦が糖尿病の家族の食事を調理するにあたって簡便なハンドブック程度の意味合いでまとめたものに過ぎなかったのです(少なくとも第5版以前までは)

      ところが,それ以降,理想的な食事療法としてしまった. 『理想的』なのですから,すべての糖尿病患者が,体格・年齢・病態・病歴など一切関係なく,一律・無条件に従うのが当然の『聖典』であると祭り上げてしまった.
      あまつさえ,これは糖尿病患者のみならず,健常な日本人でも,いやそれどころか『世界のすべての人が健康になれる食事』とまで信じ込んでしまった. 当時 そう思って編纂した人は 実に高揚した気分だったと推測されます.

      だからこそ,この食品交換表にいささかでも訂正や修正を求めたり,まして『こんなものに意味があるのか』などという声がどうしても許せないのでしょう.