HbA1cは『過去2か月の平均血糖値』ではありません[4完]

ACCORD試験

2008年に米国糖尿病学会で,ACCORDという臨床試験が報告されると,世界の医学界は大騒ぎになりました.

N Engl J Med 2008; 358:2545-2559

この試験は,下記の通り計画されたものです.

この試験の時点で 使えるありとあらゆる手段(生活介入,経口薬,インスリン)で,できるだけ正常値に近いHbA1cを達成すれば,心血管症を減らせるのではないかという目論見でした.

HbA1cは下がりました

強化療法を受けた人と,通常の治療を受けた人とでは,HbA1cの低下に大きな差が出ました.

強化療法グループのHbA1cは,後述の事情で試験が中断されたため,目標のHbA1c=6.0%未満には及びませんでしたが,それでも試験開始時のHbA1c=8.3%が6.4%にまで低下し,,通常治療グループの 8.3 → 7.3%に比べれば すばらしい結果を出しました.

HbA1cを下げたのに

ここまでなら喜ばしい話なのですが,世界が愕然としたのは,下の結果です.

あらゆる手段を使って,HbA1cを厳格に下げる強化療法を行うグループの方が,心血管などの発症率は低く,したがって 総死亡率も低くなるだろうという予想でした.

ところが,HbA1cを低く下げることに成功した強化療法グループの方が,総死亡率(=原因を問わず[ただし不慮の事故を除く]死亡した人の発生率)は,通常治療グループよりも高かったのです. HbA1cの低いほうが死亡率が高いとは,期待していた結論とは 正反対の結果です.しかも,この死亡率の差は,徐々に拡大する傾向がみられたため,これ以上の続行は危険だとして,当初の予定(平均観察期間5年間)より17か月も前に打ち切られました.

なぜ そうなったのか

このACCORD試験の結果が発表された直後には『HbA1cを下げすぎるのもよくないのではないか』などと言われたりもしましたが,そうではありません.

前々回の記事 をお読みいただいた方には,なぜこうなったか 原因がおわかりと思います.『HbA1cが同じ数値なら平均血糖値も同じ 』 とは限りません [下図 再掲] .

HbA1cの数値が高めでも,実は平均血糖値はそれほど高くなく正常に近い人もいるからです.

それを 「HbA1cを下げるためならば手段は問わない 」 と, もともと正常値に近い血糖値を 薬やインスリンで無理やり下げたため,かえって低血糖が頻発して死亡率が高まってしまったのです.もちろん本当に平均血糖値が高かった人もいたわけで,後日 その人たちだけを追加で分析したところ,たしかに心血管症は低くなっていました.

糖がつきやすい人

更に この報告を見ると;

J Diabetes Complications. 2002; 16: 313‐20

同じ血糖値,同じ赤血球寿命であっても,ヘモグロビンが糖化される割合にも個人差があることがわかりました.人間は均一な品質の工業製品ではなくて生物なのですから,これはある意味当然でしょう.

AさんとBさんとで,HbA1cがまったく同じ 7.0%だからといって,二人の血糖コントロールがまったく同じであるいうのは間違いなのです.

ACCORD試験は,

単純に HbA1cの数値だけを妄信してはいけない

という教訓でした.

もう一つ言えば

HbA1cって,本当に 再現性よく高い精度で測定されているのか?

という問題があるのですが,これについては別記事とします.

【完】

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