第57回 【糖尿病学の進歩】の感想-3 空腹時C-ペプチドは重要

【この記事は 第57回 『糖尿病学の進歩』を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

開催中の『第57回 糖尿病学の進歩』講演会のこのシンポジウムの感想です.

2SY-5-3 SGLT2阻害薬

『2型糖尿病の薬物療法のUPDATE』の3本目の講演はSGLT2阻害薬でした.
ただし,今回の講演会は 基本的に医師向けのものですから,いまさら『SGLT2阻害薬とは何か』とか『SGLT2阻害薬の心腎保護効果とは』などといった基本的なことはもはや解説不要という前提です.

この講演では,DPP-4阻害剤で治療していた人に SGLT2阻害薬に切り替えるのか(Switch群),それとも上乗せするのか(Combination群)で,血糖値変動にはどちらがいいのかを比較した試験(CALMER試験)の結果が紹介されました.

Miya 2021

結論から言えば,切替よりも上乗せの方がよく効いたという結果でした.

ただそれよりも,むしろ 講演の中で引用されていたこちらの報文の方に興味を惹かれました.

Miya A Sci Rep 2021

CGM(家庭用のリブレではなく,医療用のリブレPro です.医療用のCGMなので測定誤差は小さいです)で血糖値を連続測定していた外来の2型糖尿病の286人の結果をまとめたものです. 1型糖尿病の人,3ヶ月以内に入院歴のある人,最近 合併症・感染症・外科手術を受けた人,妊娠中の人などは除外しています.つまり 一応は病態が安定している人だけです.

対象者を選定して,リブレProを2週間装着してもらいました. なおリブレProは,装着中に本人が血糖値を確認することはできません.

注目したのはこの結果です.

インスリン分泌の低下している人(=空腹時C-ペプチドの低い人)ほど,血糖値の変動率(CV)[★]が大きくなる

という報告でした[下図].

[★] 血糖値の変動率は,CGMのデータからGlyCulator2というソフトを用いて算出しています.

Miya A Sci Rep 2021 Fig.1を翻訳

そこで C-ペプチドの低い群(<1ng/ml),中間群(1~2ng/ml),高い群(≧2ng/ml)に分けてみると,リブレProで見た血糖値変動も,たしかにこの順番に穏やかになっています.

Miya A Sci Rep 2021 Fig.2を翻訳

ところで この調査の対象者には,インスリンを使っている人が42%ほど含まれています.そこでインスリンを使っている人/使っていない人を区別して,最初のグラフの回帰曲線を算出するとこうなりました.

Miya A Sci Rep 2021 Fig.3を翻訳

全体的に 空腹時C-ペプチドが小さくなるにつれて,血糖値の変動率(CV)も大きくなる傾向がありましたが,それはインスリンを使っている人で特に顕著であり,インスリンを使っていない人では C-ペプチドの高低の影響はあまりなかったのです.

なお,インスリン使用者では,インスリンがBasalのみでも,Basal-Bolusでも差はありませんでした[図は示していません].

さらにこの結果では;

Miya A Sci Rep 2021 Fig.4を翻訳

C-ペプチドの少ない人では,αーグルコシダーゼ阻害薬(アカルボースなど)を服用している/服用していないかで,血糖値の変動率がかなり違うようです.つまりC-ペプチドの多い人にとってはαーグルコシダーゼ阻害薬を服用してもしなくても その差はほとんどないのに対して,C-ペプチドの少ない人にとっては『よく効く』というわけです.
なおDPP-4阻害剤服用の有無ではそれほどの差はなかったとのことです[図は示していません].

欧米人にこんな糖尿病患者はいません

以上の結果は,糖尿病の病態を単にHbA1cの数値だけで判定すること,そして HbA1cだけを見て投薬を選択することの危うさを指摘するものだと思います.HbA1cは日々の血糖値の変動については 何も語ってくれないからです.

さらに暴言をカマしますと,この領域では,欧米の糖尿病文献ばかりを参照して それをそのまま日本人の患者に適用するのは間違っていることも表していると思います.欧米の糖尿病患者で こんなに空腹時C-ペプチド(インスリン)の少ない人はいないのですから.

[続く]

コメント

  1. highbloodglucose より:

    興味深い論文の紹介をありがとうございます!
    自分のブログは放置中ですが、この論文にはつい釣られてしまいましたw

    通常の食事ではあまりに血糖値が上下するために、対症療法として糖質制限食を選択したわたし。まさに、空腹時CPRが低値(0.68 ng/mL。ただし、過去1回しか測定したことがない)、basalインスリン使用者です。
    これは血糖値の乱高下は必然だったか…

    解釈が難しいのは、それぞれの項目がお互いに影響し合うことですね。

    ・内因性インスリン分泌能が低い(低CPR)ためにインスリン療法になる → 外因性インスリンのために内因性インスリン分泌が低下する(β細胞が休む) というループがあるので、因果の逆転があり得ます。

    ・CPR値は腎機能と相関することが知られています。腎機能が低いと排出されにくくなるため、血中のCPR値は高くなります。Table 4を見ると、有意ではないものの高CPR群は比較的年齢が若いにもかかわらず、eGFRは比較的低値となっています。なので、CPR値をeGFR値で補正した値で解析する必要があるのかもしれません。

    ・CPR値とインスリン値の関係は、患者によって異なる可能性があります。きちんと論文を読み込んでいないのではっきりしたことが言えないのですが、欧米型でインスリン抵抗性が大きい糖尿病患者の場合、CPR値に比してインスリン値が高いという傾向があるようです。逆に、日本人に多いタイプでは、CPR値に比してインスリン値が低い(インスリンクリアランスが高い)という報告があります。(この話、ちゃんと調べようと思いつつ手つかずで放置してるんですよねー。>チラッ)
    高CPR群は有意にBMIが高いので、もしかすると見かけのCPR値よりさらにインスリン値が高い可能性があります。

    これらの点が気になりますが、とは言え、実際に空腹時CPR値と血糖変動に負の相関があること、特にインスリン治療をしている患者に変動が大きいこと、αGI服用者では変動が小さくなること、ということは言えるのでしょう。(インスリン治療者で変動が大きいのは、低血糖が起きていることを示しているのかな? basalのみでもbasal+bolusでも同じというのは、低血糖はbasalの投与量の影響が大きいことを示しているのかも。)

    それにしても、高CPR群は空腹時血糖値が有意に高いのに、血糖変動が小さいためにHbA1cは他群と同程度なんですねぇ。欧米人を対象とした論文データを見て、よく「なんでこんなに空腹時血糖値が高いのにHbA1cが低いんだ?」と疑問に思いますが、日本人でもその傾向があるようですね。

    うーん、次回の糖尿病内科受診で、αGIの処方を相談してみようかなぁ…
    前の担当医に「食後高血糖をなんとかしたい」という話をしたときにαGIのことが出たのですが、わたしは今でもよく食後膨満感など消化器症状に悩まされているので、αGIを服用するとさらに悪化するのではないかと思い、服用したくないと主張したんですよね。
    もしかしたら、思ったほどは副作用が出ないかもしれないし、食後の血統値が抑えられるのであれば、αGIを服用するのはアリかもしれませんね。

    • しらねのぞるば より:

      >つい釣られて

      お? 釣れた,釣れたw

      >それぞれの項目がお互いに影響

      観察研究なので たしかに交絡因子は多そうですね.

      >>チラッ

      ど,どこを見ているんですかっ? あたふた.

      >思ったほどは副作用が出ないかも

      別館のこの記事にも書きましたが,

      https://ameblo.jp/shiranenozorba/entry-12788766780.html

      糖尿病一歩手前と言われて(実はその時点で どっぷり) おろおろしていた時に個人輸入で αーグルコシダーゼ阻害薬を3種とも試したことがあります.

      ミグリトールは記事にも書いたように 効果はまったくありませんでしたが,副作用もなし. ボグリボースもほぼ同様. しかしアカルボースは多少効果は見られたものの,副作用もしっかり出て,強烈な腹痛と下痢でした.通勤途中の電車の中で,腹痛に襲われた時は死にそうでしたね. 江部先生も『病院に行こうかと思った』のもわかります. 服用2週間程度で 副作用は出なくなりましたが.

      アカルボースの腹部症状 副作用発生率は70%以上だそうですから,トライするならごく少量からの方がいいと思います. たぶん腸内細菌が大騒ぎになるのでしょうね.