第65回日本糖尿病学会の感想[10] 迷走のあげく失踪?ー食事療法

【この記事は 第65回日本糖尿病学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞き間違い/見間違いによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】


迷走してきた学会の食事療法

日本糖尿病学会が推奨してきた『糖尿病 食事療法』については,本ブログでも 詳細に経緯を調べてきました.

食事療法の迷走[1][58]

さらにその続編として

まだまだ迷走?日本糖尿病学会の食事療法[1][4]

あくまでも ぞるばの個人的意見ですが,学会が1993年に 食品交換表 第5版を発行して以来,学会が『糖尿病患者だけでなく,健常者にとっても理想的な食事』と称してきた 糖尿病食事療法は迷走に迷走を重ねてきたと思っています.

なぜならば,『糖質制限食にはエビデンスがない』として強硬に反対してきたにもかかわらず,食品交換表が推奨する 炭水化物60%のカロリー制限食も やはりエビデンスがないことを2016年に認めたからです.

「糖尿病診療ガイド ライン」では,「食事のなかの炭水化物を 50~60% エネルギー,たんぱく質 20% エネルギー以下を目安として,残りを脂質とする.」と記載している.
 [中略]
しかし問題点の一つとして,現状では各栄養素についての推定必要量の規定はあるものの,相互の適正比率を定めるためのエビデンスには乏しい点が挙げられる.すなわち,前述の栄養素バランスの目安は,,今のところ健常人の平均摂取量に基づいているにすぎない

第59回日本糖尿病学会 シンポジウム26『これからの食事療法の展望』 2016年

23年もの間,いったい何を根拠にしていたのでしょうか.

大転換

学会は,それでもなお『食品交換表が唯一の糖尿病食事療法であり,すべての糖尿病患者にこれを守らせなければならない』という立場でしたが,それから3年後の2019年に至ってようやく『糖尿病診療ガイドライン 2019』を発行し,

糖尿病患者の食事療法は個別化されるべきである

と正反対の方針に転換しました.

さらに 本年の第24・25回 日本病態栄養学会では;

もはや 患者に食品交換表を暗記させ,その通りに実行するよう求めるのは適切ではなく 効果も上がらない

第24・25回 日本病態栄養学会 コントラバシー1

という意見まで出て,ようやく 糖尿病患者に一律に同じ食事を要求する食品交換表は 完全に葬り去られました. 合掌.

今後どうするの

ここまでは まことに結構なことです. 呆れるほど 時間がかかったことを除いては.

ところが上記の方針転換を行ったはいいが,それはそれで 新たな問題が出てきました.それは

では 今後 糖尿病患者にはどういう食事療法を指導していくのか.

という問題です.2019年に糖尿病診療ガイドラインを発行してから 既に3年近くたっていますが,この点についての学会の公式意見表明は未だありません.

もう,いいかげん はっきりしろよと言いたいところです.いくら何でも 今回の第65回日本糖尿病学会では,何らかの進展がみられるだろうと,神戸にまで出かけて,前の晩に明石焼きでエネルギーチャージし,満を持して会場にのりこんだのですが....

【失踪】

(C) poosan さん

そうです,『糖尿病診療ガイドライン 2019』で打ち出された 糖尿病食事療法の個別化 については,何も情報がありませんでした.迷走のあげくどこかへ失踪したようです.

たしかに 食事療法をテーマとするシンポジウムは 下記の通り 行われました.

シンポジウム28
【糖尿病食事療法研究の最前線―現在の課題とこれからの展望】

 
 座長
 宇都宮一典/東京慈恵会医科大学名誉教授
 福井道明/京都府立医科大学大学院医学研究科内分泌・代謝内科学
 
・S28-1 Evidence-Based Nutrition(EBN)からみた食事療法の在り方―ガイドラインを作る時代からガイドラインを使う時代へ
  佐々木敏/東京大学大学院医学系研究科
 
・S28-2 穀物由来の食物繊維の生活習慣病予防効果
  青江誠一郎/大妻女子大学家政学部食物学科
 
・S28-3 摂食嚥下障害とリハビリテーション研究の最前線
  中川量晴/東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科摂食嚥下リハビリテーション学分野
 
・S28-4 時間栄養学からみたサルコペニア予防のためのeating pattern
  柴田重信/早稲田大学先進理工学部電気・情報生命工学科
 
・S28-5 ニュートリゲノミクスからプレシジョン栄養学へ
  加藤久典/東京大学大学院農学生命科学研究科

しかしながら,シンポジウムの副題に『現在の課題と今後の展望』と掲げています.つまり『結論はまだ出ておりません,課題検討中です』という意味です.

じゃあいつ頃結論が出るのかといえば,2024年のようです. なぜならシンポジウムの冒頭で宇都宮座長が『2024年の診療ガイドライン改訂に本日の議論を反映させる』と述べられたからです.そんなにかかるのですか.ぞるばはそこまで生きているでしょうか.

シンポジウムの内容について言えば,5件の講演中,食事療法のガイドラインを直接取り上げたのは 冒頭の東大/佐々木先生のみでした.しかしながらその内容は(例によって)強烈なパンチでした.
佐々木先生は;

  • 食事療法のガイドラインを改訂するというが,そもそも今までガイドラインを作ってはきたものの,使ったことがあるのか.
  • 栄養素比率やカロリーを設定して紙に書く,これだけでは ガイドラインを『作っただけ』にすぎない
  • ガイドラインを『使う』ということは,本当に患者が指示通りの食事内容になっているかを検証し,指示通りでなければどこがどう違うのかを調べて,患者にフィードバックさせる,ここまでやってこそ ガイドラインを『使った』と言えるのではないか.
  • 書いただけ,作っただけのガイドラインでは意味がない.
  • 次回改訂では 使うことまで明示したものとしてほしい

と バッサリでした.

そして2件目以降の講演は,ガイドライン策定の指針というよりは もっと遡った 『そもそも基礎から考えると...』というスタンスのものですが;

(C) 週刊文春

なお2件目の食物繊維の効用についての講演は,内容については 何も異論はありませんが,どうして『次の食事療法ガイドライン策定に向けた 課題と展望』の話をしている時に わざわざこれを取り上げたのでしょうか? この講演では,食物繊維とはいっても,特に『穀物からの食物繊維がもっとも重要』と再三強調されました.

なので,まさかとは思いますが;

  • 食物繊維は 1日何グラム以上摂ることが必須である.
  • 穀物は食物繊維が多い.
  • だから やはり穀物,つまり炭水化物は60%は摂らねばならない.

という三段論法で 炭水化物比率60%を死守するつもりではないかと勘繰ってしまいました.

[続く]

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