食事療法の迷走[4]「昔は糖尿病が少なかった」は本当か2

専門家の本音は

前回記事で,

昔は糖尿病が少なかったというが,昔と今では 糖尿病判定基準がまるで違うのだから,時代を隔てた数字を比較しても意味はない

と書きました. 素人は,『これは医学データだ』と言われればお手上げですから,この手のトリックに乗せられてしまうのは 無理からぬところ.それでは素人ではない 専門家は ここのところをどうとらえているのでしょうか?

それがうかがえる文献が2つあります.

急増する糖尿病 日本医学会

2000年に開催された第116回日本医学会のシンポジウムで報告されたものです.
『日本では糖尿病が急増しているとされている』が,その数字に信頼性があるのかを検討したものです.

報告ではこう述べられています. ()は ぞるばが注記したものです.

しかし,(昔の数字は)“主治医が糖尿病と診断し,医療機関を受診している者”をとらえているので,診断の方法が統一されていないことや医療機関を受診していない糖尿病患者が含まれていないことが問題となる.

さらに 何とあの日本糖尿病学会も,わざわざ委員会を作って この問題を綿密に検討していたのです.

日本人の糖尿病有病率と発症率

患者調査,国民健康調査いずれも糖尿病患者の数は30年間に約30倍に増加している.この激増は糖尿病有病率の真の増加の他,人口の高齢化,医療機関への受診率の増加,検診など検査を受ける機会の増加,糖尿病への関心の高まり,検査技術の進歩などの影響によって実際以上に誇張されていると思われる.

どちらの文献でも,過去の数字は過少見積であるし,現在の数字は,過去の基準をベースにすれば過大見積であると述べています. さすがは専門医,よくおわかりのようです.

しかし それだけよくわかっているのであれば,新聞やテレビが『日本の糖尿病は昔に比べて30倍!!』と報道するのをどうして黙って見過ごしているのでしょうか? 間違った情報が広がるのを正すことも専門家の役割のはずです[★]

[] もっとも最近では,擬陽性・偽陰性をいたずらに増やすだけなのに,『PCR検査を無条件で行わねばならない』と,連日テレビで連呼する『専門家』もいますが.

間違いだと気づいていても,その方が都合がよいので あえて指摘しないのではないかと邪推したくなります.つまりこのグラフは,mistakeではなく,ほとんど故意のmisleadです.

一般論として

「糖尿病は増えており,本人は気づいていなくとも早く治療にとりかかるべき人は多い」

これは事実でしょう.昔に比べれば自動車が普及し,駅には必ずエスカレーターがあるから,日本人の日常活動量はたしかに減ったからです.
しかし「30倍になった」は明らかに誇張でありデマです.

残念ながら,学会の講演や発表で,そのイントロに このグラフを掲げる先生がまだいます.

『いいかげんなデータを用いることは科学的ではなく,医師はすべきではない』と警告することも糖尿学会の重要な役割ではないでしょうか.

[5]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    過去と同じ基準(少なくとも無症状の患者は除く)で比べれば、糖尿病患者は、どれくらい増加しているのでしょう。

    グラフを見る限り、200万人を境に1985年以前と以降で増加傾向がまるで違うように見えます。
    1985年までは、増加率自体が大きくなっているのに比べ、それ以降は増加ではあるものの増加率が下がってきているように見えます。
    この付近で糖尿病患者の増加率が減少する「何か」があったのでしょうか。

    • しらねのぞるば より:

      1970年から1990年までは,年ごとに日本の健康診断制度が拡充されてきました.

      労安法に基づく被雇用者の一般健康診断が1972年に義務化され,これ以降 各地の自治体でも住民健康診断やがん検診が普及していきました.したがって,年々 健康診断受診者が増えていったのです. しかもこの頃から尿糖試験紙で迅速・安価に尿糖検査が行われるようになったため,一見 健康とみえても,尿糖+を注意される人が出てきました. つまりこの時代になってようやく『症状は何もないのに,糖尿病だと言われた』という人が続出したのです.

      その後,1999年には 労安法改正で一般健康診断で血糖値測定が義務付けられました.さらに学校の身体検査が健康診断となり,ここでも尿糖検査が始まりました.同じころ 日本糖尿病学会がそれまでは『空腹時血糖値=140以上を糖尿病』としていた診断基準を『126以上』に引き下げました.これにより,一旦 飽和に達したかに見えた糖尿患者数は ,2000年以降再び激増を開始しました.

      このグラフには表示されていませんが,2010年には妊娠糖尿病の診断基準も厳しくしたため,2011年には妊娠糖尿病と診断された妊婦の数が前年比 4倍になっています.

      つまり『糖尿病患者の爆発的増加』は,日本の健康管理制度の拡充を反映している面がほとんどなのです. 決して悪いことではありませんでした. その因子が大きいにもかかわらず,あたかも日本人の健康状態が破滅的に悪化しているかのように吹聴してきた人は,別の意図を持っていたと批判されても仕方がないでしょう.

  2. highbloodglucose より:

    糖尿病も高血圧も脂質異常症も、基準値が厳しくなればなるほど病気と診断される人は増えますよね。
    一定年齢以上になると過半数が「病気」とされる基準値って、一体なんなのか…と思います。

    • しらねのぞるば より:

      特にあのメタボ基準はひどいものです.
      『腹囲85cm以上は,身長・体重と無関係にメタボ』と認定. しかし その基準になった元データを見ると,内臓脂肪100cm2に相当するというのですが,どうみても相関直線が引けるほどのデータ数はありません. しかも全年齢・全身長合わせてこれだけなので,身長と無関係に85cmとされてしまいました. ガイドライン制定に法規制ははないのに,一旦制定されると それは保険診療の基準となる. つまり医師のお手盛りがそのまま基準になるわけです.