SGLT2阻害薬は「やせ薬」か[3]

SGLT2阻害薬を服用すると,毎日70~100gのぶどう糖が尿から排泄されるようになり,これは280~400kcalに相当します. したがってその分だけ食事が減ったのと同じですから,どんどん痩せていくはずです. ところが 前回記事 にも書いたように,たしかに最初は順調に体重が減っていきますが,3か月ほど経つと もうそれ以上の体重低下は止まってしまいます. なぜなのでしょうか?

【注意】以下,数式が続きます. 数式なんて見るのもいやだという方は,この記事の結論のみを読んでください.

Energy Flux

体重が安定している個体においては,摂取エネルギー(カロリー)と消費エネルギー(カロリー)とは,その人体を通過していくエネルギーの流れであるという意味の【Energy Flux】を提唱する 豪州 Deakin大学のSwinburn教授が,二重標識化水[★]を用いて,1399人の成人と963人の子供のEnergy Fluxを厳密に測定しました.

[★]二重標識化水= 水素を重水素に,酸素をO18に置換した水;Doubly labeled water = DLW

Am. J. Clin. Nutr.

その結果,消費エネルギーと摂取カロリーが平衡している状態では,体重(Bw)とEnergy Flux(Ef)とには下図の関係があることを見出しました.

横軸は平衡状態でのEnergy Flux(単位はkJ)の自然対数,縦軸は体重(kg)の自然対数(ln)です. 両者を対数表示すると,ほぼこのように体重とカロリーとが直線関係になるのですね. ただ個人差も大きいので,95%信頼限界,つまりこの点線の間に100人中95人の人が収まることを示しています. また体重(kg)とカロリー(kcal)とを 対数ではなく,自然数に換算した目盛りを それぞれの軸外に表示しておきました.

体重と消費カロリーとの関係とは,日本でも教科書に載っていますが,それは多くの場合 推測値に過ぎませんでした.多数の人で厳密に実測したのは,このデータが初めてでしょう[★]. また,この図から,例えば摂取カロリーが10%増えた場合,成人と子供とでは,体重増加が異なることが読み取れます. さらに 同じような体重(図の赤点線)でも,子供の場合は成人に比べて大きなEnergy Flux(= 消費カロリー = 摂取カロリー)でバランスすることもわかります.摂取カロリーが多くても,成長に回る分が多いので,消費も激しいからです.

[★] 多数の人で,二重標識化水を用いた正確な消費エネルギー測定が行われていなかったのは,二重標識化水が非常に高価だったからです. かなり安くなりましたが,この方法で測定を行うには,現在でも被験者1人あたり二重標識化水だけでも10万円くらいかかるそうです.

上のデータを数式で表すと

いかにもうっとうしい式ですが,第1項以降は,身長(Height)・年齢(Age)・性別(Sex)を補正するための項です.自然対数ではなく,指数表示するとこうなります.

ここで,同一人の,ある日(1)の体重(Bw1)とEnergyFlux(Ef1),別の日(2)の体重(Bw2)とEnergyFlux(Ef2),この両者の比率をとると,

となります.(*)ただしどちらも 平衡状態にある,異なる日とします

ところで,これは同一の成人の場合なので,同一人で身長,年齢,性別(!)が変わるわけはありませんから,この式の第2項以下は1になります.

ということは,

と非常に単純な関係です.

状態1と状態2が大きく違わない場合には近似的には

となりますから,ずいぶんわかりやすくなってきました.この図は,エネルギー摂取が10%増えた場合は,体重は7%増しでバランスすることを意味します.これを逆に言えば,

結論です

体重を7%落とすためには,摂取カロリーを10%減らさなければならない

ということなのです[上図;赤 矢印].もちろん個人差はあります.体重7%を落とすのに,カロリー5%減でいい人も15%減が必要な人もいるでしょう. あくまで平均として10%という意味です.

ここまで来て,SGLT2阻害薬を服用し続けても,体重低下があるレベルで止まってしまうメカニズムがようやく見えてきました.

[4]に続く

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