前回記事で,
英国(スコットランド)及び オランダで,新たに2型糖尿病を発症して データベースに登録された人は,全員がそれまでは健常であったというわけではない
と書きました. 35歳以上の対象者だけを観測対象にしていますが,結果として登録された人の平均年齢は50~60歳です. この年齢ですから,2型糖尿病と診断されるまでは何の問題もない健常者であったというケースは稀でした. つまり糖尿病になった時点で,既に 他の持病を抱えている人が多かったのです.
そこで,データベースに登録された(=つまり2型糖尿病と診断された)時点から2年以内の 治療・投薬状況が,両国の電子カルテから匿名化されたデータとしてまとめられています. ただし 英国・オランダのそれぞれの医療制度が異なりますので,ここでは WHOが定めたATC分類(ATC=Anatomical Therapeutic Chemical Classification)にしたがって,対象者の治療状況を 下記の通りコード化しています.
この分類で,英国 GoDARTSに登録された人の タイプ別治療状況はこの通りでした.(なお,この円グラフは文献原文にはありません.ぞるばが 原文Table1の数字から作図したものです)
一見して次のことがわかります.
- SIDDの人は,意外にも No Treatment,つまり治療を受けていない人が多い.
- それ以外のタイプの人(SIRD,MOD,MD,MDH)は,相互に病態が大きく異なるにもかかわらず,発症後2年以内の初期治療は,どれもほとんど同じで大きな差がない.
これは ちょっと驚きでした.投薬だけを見ると,糖尿病の投薬治療すら始まっていません.糖尿病の薬ではなく,心疾患の薬(高血圧薬,スタチンなど)を投薬されている人が半分くらいもいます. しかも2型糖尿病と診断された時点では,たしかに見かけ上の病態の差はないのかもしれませんが,それにしても 平均年齢51歳,平均BMI=40(!!)のMODの人と,平均年齢70歳,平均BMI=28のMDHの人(いずれも GoDARTSの場合)とがほとんど同じ治療法だったのです.
では オランダの場合(DCS)はどうかと見ると;
これはまた,英国とはまるで違います.半分以上の人がメトホルミン,グリニド,SU剤など 比較的安価で初期に投与される薬を 既に投薬開始しています(Step1 + Step2). 英国とは対照的な結果です.
これは 両国の医療制度の違い,とりわけ英国独自のGP(General Practitioner;一般開業医)制度=日本で言う「かかりつけ医師制度」によって これほど大きな差が出たと思われます.英国では,何か病気にかかっても,まず地域で指定された自分の「かかりつけ医師」を受診する以外の選択肢はありません.つまり,日本のように 自分で病院や医師は勝手に選べません.そして 地域のGP医師が,より高度な治療が必要と判断した場合のみ,大病院に紹介されます. この制度のために,英国であらたに2型糖尿病と診断されても,まずは ごく普通の(はっきり言えば安価な)治療を受けるだけなのです.
2型糖尿病の病態指標によるクラスター解析では,英国もでオランダでも ほとんど同じ結果が得られました. にもかかわらず,両国の医療制度の違いを反映して,初期治療はまったく異なっていることがわかりました. では,初期はともかく,10年以上にわたり追跡した結果はどうなったのでしょうか?
コメント
国によって投薬状況が全く違うのは面白いですね。
イギリスとオランダで大きく違うのは、心血管疾患治療薬でしょうか。イギリスでは糖尿病治療よりも心血管疾患に治療の主眼を置いている感じ?
前々回の記事のコメント欄で、どちらもBMIは似たようなものなのに中性脂肪値が大きく異なる、これはケルト人とゲルマン人の違いかもしれない、という話が出ましたよね。
イギリスとオランダで、心血管疾患の発症数に違いがあるのでしょうか?
追跡結果がどうなったのか、楽しみにしています。
>イギリスとオランダで、心血管疾患の発症数
この報告によれば;
https://doi.org/10.1136/bmj.l6326
Table 6で心筋梗塞の死亡率を見ると,英国(UK; 7.1%)は オランダ(NLD; 5.4%)より高いようですね.ただし両国の発症率は不明です.
一方 Table7 で 20-79歳の糖尿病発症率を見ると,UK: 4.3%,NLD: 5.3%となっています.