第57回 【糖尿病学の進歩】の感想-7 GLP-1受容体作動薬 三者三様

【この記事は 第57回 『糖尿病学の進歩』を聴講した しらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

GLP-1受容体作動薬(以下 GLP-1RA)について,『GLP-1RAとは何か』『GLP-1RAの種類』を調べてきました. 最後は『GLP-1RAの効果です.

GLP-1RAについては,欧米人のデータはそれこそ山のようにあります. これはGLP-1RAが,欧米人の糖尿病の病態によくマッチしているからです. 欧米では『糖尿病』=『肥満』=『心血管死』とほぼ同義語になっており,GLP-1RAは,この3つすべてに対して『血糖値を下げる』『体重減量に効果的』『心血管疾患を減少させる』効果を示すからです.

一方日本では糖尿病の人のすべてが肥満とは限らないし,心疾患の発症率は おおむね欧米白人の1/3程度です.さらにGLP-1RAは注射薬であること,高価なこともあいまって,日本では ほとんど使われていません.処方箋ベースで見ると,糖尿病薬の わずか 0.1~0.2%です(日本で一番使われているのはDPP-4阻害薬で,新規処方の70%以上です).

したがって,GLP-1RAの糖尿病薬としての効果を,日本人で調べた報告はほとんど見当たりません.
とにかく症例そのものが少ないからです.

そんな中で日本人だけの実使用例を,しかも3種類のGLP-1RAの効果を比較した報告が出されていました.

Kuwata 2021

関西電力病院で3種類のGLP-1RA(リキセナチド[リキシセナチド],リラグルチド,デュラグルチド)を12週間にわたり投与された2型糖尿病患者 合計18名の投薬効果をまとめたものです.

ただし,最初にお断りしておきますが,これは 厳密な薬効比較試験にはなっておりません.単一施設での少人数の観察研究であり,しかも後述するように初期状態(Baseline)は薬剤間で揃っていないからです.

しかし,それでもなお これだけのデータがまとまっているのは非常に珍しく,貴重な報告です.

対象者

この観察研究の対象者 18人は,こういう初期状態でした.

Kuwata 2021 Table 1(一部)を翻訳

3種類の GLP-1RAを投与された2型糖尿病の人達です.3グループに分かれていますが,これはくじ引きで決めたのではなく,それぞれの主治医が 『この人にはこのGLP-1RAが最適だろう』と事前に決めています.よってランダム比較試験ではありません. その結果,3グループの構成はまちまちです.リキセナチドを投与された人は相対的に若く,また肥満の程度が高いです. 逆にデュラグルチドのグループは年齢が高く,またもっとも肥満の程度が軽いです. リラグルチド群はその中間です.

目を惹くのは,3グループの空腹時血糖値とHbA1cとの関係ですね. リキセナチド群の人の空腹時血糖値は122.6ととびぬけて低いのに,HbA1cは8.2%です. HbA1c=8.2%と言えば,よく使われる換算式では 平均血糖値は 190くらいになるはずで,それなのにこんなに空腹時血糖値が低いのかと驚かされます. しかし,インスリン抵抗性主体の肥満型糖尿病では,あの式は あまりあてにならないのです.

投与結果

3グループの人達には,12週間にわたり それぞれ指定された GLP-1RAを服用してもらいました.

投与前と12週後の結果を見るとこうでした.

Kuwata 2021 Table 1(一部)から作図

リキセナチドとリラグルチド群では 大きなBMI低下,つまり体重減少が見られました. 一方デュラグルチド群では,あまりBMIが低下していません. これはもともとこのグループの人達の肥満が高くないということもありますが,やはりこの記事で述べたように,分子量の大きいデュラグルチドは脳関門を通過できず,したがって満腹中枢への働きかけが行えないので,食欲低下が起こらなかったのでしょう.

また,HbA1cはGLP-1RAの種類によらず,ほぼ同じ値に着地しています. これは患者の初期状態を主治医が診て,その人に最適と思われる薬を選択したからと判定できます. いい仕事してますね.

食後血糖値はどうなったか

この論文の貴重なポイントは,何といっても食事負荷試験まで行って食後高血糖が解消されたかどうかまで観察していることです.

用いられた食事は,『日本人の標準的な朝食(480kcal,P/F/C=21/21/58%)』としか書いておらず詳細は不明ですが,おそらく関電病院の病院食なのでしょう.

投与試験開始前,投与後2週間後,そして投与後12週間後に,全員にこの試験食を食べてもらい,血糖値,インスリン,グルカゴンを測定した結果が下の通りです.

Kuwata 2021 Fig.1

リキセナチドがもっとも強力に食後血糖値上昇を抑制し,次いでリラグルチド,デュラグルチドでした.それでいて,リキセナチドの食後インスリン分泌はむしろ減少しています. デュラグルチドはほとんどインスリン分泌に影響を及ぼしていないようにみえますが,それでも食後血糖値が低下しているのはグルカゴン分泌を抑制したからかもしれません. もっともリキセナチドは グルカゴン分泌も強力に抑制しているので,このことも食後血糖値の低下に寄与しています.

胃排泄速度

この試験では,食後に食物が胃から出ていく速度も関節測定しています.その結果がこちら.

Kuwata 2021 Fig.2

ここでも,リキセナチドは強力に胃排泄速度を低下させています.つまり同じものを食べていても,胃から小腸にじわじわと食物が流れ出すわけで,その分 急激な食後血糖値上昇が抑制されたわけです.

食後GIP

更に血糖値やインスリン,グルカゴンだけでなく,もう一つのインクレチンであるGIPの食後の変化も調べています.

Kuwata 2021 Fig.3

健常人では,食後 直ちに分泌が増えて膵臓からのインスリン分泌を促進しますが,ここでは3種類のGLP-1RAは,三者三様の結果を示しました, リキセナチドは GIPの分泌まで抑制したのに対し,デュラグルチドは影響なし,リラグルチドはその中間でした. GIPは高血糖状態ではインスリン分泌を促進しますが,低血糖状態ではグルカゴン分泌を増加させます.リキセナチドは食後血糖値上昇を完全にブロックしたので,むしろGIPは増える方向に働いたものと推測されます.

名前は同じ『GLP-1受容体作動薬』であっても,その由来・分子構造は異なり,作用も多彩であることが示されました.

(C) まゆさん

この報告は観察研究であり,しかもベースラインが揃っていないので,GLP-1RA自身の個性』と『GLP-1RAに向いている/いない人の個人差』とがごっちゃになっている面があります. つまり 欧米型の高度肥満糖尿病タイプの人は,実はどの薬でもよく効いたかもしれないのです.

しかし,その点を割引いても 価値のある情報でした.

インスリンとGLP-1受容体作動薬とは,共に注射薬であり,どちらも強力な血糖値低下効果があります.

しかし 注射によるインスリンは無条件に血糖値を下げる(したがって注射のタイミングや量を間違えると低血糖になる)のに対して,GLP-1受容体作動薬は,『血糖値の上昇に応じてインスリン分泌を促進する』ので,原理的には低血糖を引き起こさないという利点があります.

もう少し,使いやすく かつ安価になれば,もっと使われてもいい薬だと思います.

[続く]

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