第65回日本糖尿病学会の感想[16] 運動療法-4

【この記事は 第65回日本糖尿病学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞き間違い/見間違いによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】


この記事 で,最新の日本糖尿病学会の『糖尿病診療ガイドライン 2019』では,運動療法の目安として,『中強度で週に150分かそれ以上』などが推奨されていることを述べました.ちなみにこの推奨は米国糖尿病学会(ADA)のガイドラインのコピーです.これだけでなく,その前の版である『糖尿病診療ガイドラン 2016』でもやはりADAの運動療法ガイドラインのコピーでした.

つまり,日本糖尿病学会の運動療法ガイドラインは,米国糖尿病学会の運動療法ガイドラインをそっくりそのまま採用しているわけです.米国人とは体格も筋肉量もまるで異なる日本人に,米国の基準をそのまま適用することが適切でしょうか?
米国人には適切な運動量であるとしても,それがそのまま日本人に適切でしょうか? むしろ過剰な運動は有害ではないか,前回記事で紹介した東北大学の研究を読むと ますますその懸念が深まります.

過剰な運動はミトコンドリアを損傷する

今回の学会の『教育講演(専門医更新のための指定講演)9 ~糖尿病の運動療法;No sit から HIT へ』で,下記の医学論文レビューが紹介されていました.

Cell Metab 33 847-848 2021

赤線を引いた『Too much of a good thing』とは日本語では『有難迷惑』です.いくら いいことでも,度が過ぎればかえって有害だという意味です.

このレビューでは『あまりにも過剰な運動が健康を損なうメカニズム』を解明したこの論文を紹介しています.

Cell Metab 33,958-970 2021

 非常にハードな運動を行った場合,人体にどのような影響が出るのかを詳細に調べたものです.

被験者

 若くて健康な男女11人を対象にしています.

このデータの通り,全員 体脂肪率が低く,VO2Max(最大酸素摂取量)は約50と 同世代の日本人の30~38よりもはるかに高い,つまりスポーツで鍛え上げた若者ばかりです.

試験スケジュール

 上記のような人達を被験者にしたのは理由があります. 彼らは この通りの非常に過酷なトレーニングに耐えられる必要があったのです.

4週間にわたる,SRM社のエルゴメータを使った過酷なスケジュールです. VO2=95% つまり体力の限界のトレーニングを第1週(Light)には2回,第2週(Moderate)には4回,そして第3週(Excessive)には毎日行い,最後の第4週には回復期として数日おきに4回のHIIT(High Intensity Interval Training:高強度インターバルトレーニング)を行いました.

SRM Ergometer

ぞるばのようなヤワな怠け者は 第1週で死んでしまうでしょう. これらのスケジュールを最後までこなすためには,誰でもいいというわけではなくて,鍛え抜かれたスポーツマンが必要だったのです.

試験前,及び 各週の終わりには筋肉細胞を採取(生検)し,糖負荷試験も行っています.これにより,この過酷なHIITで,筋肉組織と耐糖能がどう変化するのかを定量的に調べています.

結果-耐糖能の変化

試験前,及び第1週(Light),第3週(Excessive),そして第4週(回復期)の最終日に行った糖負荷試験の結果は下の通りでした.

試験前に比べて 第1週(Light)では,耐糖能がよくなっています.ところがもっとも高強度のHIITを連日行った第3週(Excessive)では,耐糖能が大きく悪化していました.第4週(回復期)にはやや改善していますが,試験前のレベルにすら回復していません. 11人の平均値ですから,これは偶然ではありません.

結果-ミトコンドリア機能の変化

各週の最後の日に筋肉細胞を微量採取して,その中のミトコンドリアの機能を調べています.

この記事に書きましたように,ミトコンドリアは細胞のエネルギー発電所であり,発電所の電力に相当するATPを発生させます.

ところが,この大事なエネルギーエンジンであるミトコンドリアの複合体(I,II;上図 赤矢印)の機能を調べてみると;

試験前から第1週(Light),第2週(Moderate)と,トレーニングにより順調にミトコンドリア機能が向上していたのですが,もっとも過酷な第3週(Excessive)では大きく低下しました.しかもこの低下は第4週の回復期の最終日でも 試験前のレベルに回復していなかったのです.

結論

以上の結果から,いかに鍛え抜かれたスポーツマンであっても,あまりにも過剰な運動を行うと,ミトコンドリア機能はかえって低下し,耐糖能まで悪化してしまうことが判明しました.

前回記事で,現在の日本糖尿学会のガイドラインでは,運動療法の上限を定めていないことを懸念しました.

この論文は もちろん非常に過酷なHIITを行った結果です. 普通の人がこんな無茶をやることはないでしょう. しかし 世の中には 自分が運動好きのあまり『筋肉を増強するためには,もうこれ以上は無理と思ってから 更に続けることが必要だ』などという極端なことを主張する人がいます.それを真に受けて 一般人が『運動はやればやるほどいいことがあるのだ』と信じて自分の限界を越えた過剰な運動を行うと,この論文で紹介したことと 同様のことが起こるかもしれません.

過ぎたるは猶及ばざるがごとし [論語]

[続く]

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >過ぎたるは猶及ばざるが如し

    これは私の座右の銘ですが。。。
    何事にも損益分岐点がある事は、極端な例を考えてみれば分かります。
    運動にしてもやればやるほど良いわけではないでしょう。
    極端なことを言えば、拷問のように倒れても倒れても叩き起こして鍛えたら最終的に死にます。これは誰が考えてもわかると思うのですが、ではどこかに健康と不健康の境目があるはずだと言うことも理解できるはずです。それがどれくらいなのかを理解するのは難しいですが、食事にしてもサプリメントにしても体に良いからと際限なく摂取すれば不調をきたすでしょう。
    「この不調を乗り越えれば。。。」と考える人は、悪循環に陥るタイプじゃないかと思います。何かをやって不調を感じたら止める勇気が必要だと思います。糖質制限で失敗する人の多くが不調を感じながら続けているように思います。
    過ぎたるは猶及ばざるが如しです。

    • しらねのぞるば より:

      > 何かをやって不調を感じたら止める勇気

      登山でも農作業でも,

      『無理はしない』
      『適宜 休憩をとる』

      は鉄則ですよね. これを守らないと確実に事故になります.

      筋トレコンクールで優勝を狙う人にならともかく,すべての人に『極限』を要求する人の思考は不明です. まして糖尿病の運動療法でそれをやってどうしようというのでしょうか.