『2型糖尿尿病の運動療法として,有酸素運動とレジスタンス運動(筋トレ)とでは,どちらかが圧倒的に有効ということはない. どちらであれ,あるいは両方であれ,自分が長く続けられる運動の種類と強度が,自分にとって最良の運動療法である』
と書いたところ,いくつか『お問い合わせ』経由で ご質問・ご意見をいただきました.
それぞれ個別にお答えしたのですが,少し不思議なことがありました. お問い合わせいただい中で 複数の方が 下記の論文を取り上げておられたのです.
論文タイトルの通り,『レジスタンス運動は,有酸素運動よりもHbA1c低下効果が大きい』という内容です. ただし最新の論文ではありません.どちらかと言えばマイナーな医学誌に掲載された古い論文です.発表されてから13年も経過してるのに,その間 他の文献には51回しか引用されていません. ほとんど注目されなかった論文と言っていいでしょう. このような論文は(又は その逆の論文も)それこそ無数にあるのですが,複数の方が読まれたということは,どこかでこの論文が評判になったのでしょうか.
そこで,この論文(以下 Bweir論文)を読んでみました.
Bweir論文の内容
ヨルダンで行われた比較試験です. レジスタンス群,有酸素群,それぞれ10名が,10週間にわたり,週3回のレジスタンス運動又は有酸素運動(Treadmill)を行い,試験期間前後で血糖値及びHbA1cの低下効果を比較しています.
試験にあたり,両グループに割り当てられた人の平均年齢,性別分布,その他健康指標は,以下のように初期状態で揃えて(=Matched)ありました.
それぞれの運動を10週間継続した 血糖値の変化はこの通りでした.
そして HbA1cの変化はこうなりました.
どちらの運動でも血糖値やHbA1cは低下していますが,レジスタンス運動を行ったグループの方が,有酸素運動を行ったグループよりも有意に低下していたと報告しています.
Bweir論文の評価
いかがでしょうか? 何の問題もないようにみえるでしょうか. 私はこの論文を一瞥した時点で,これは Cochrane Reviewのように格段に厳しいバイアス評価ルールを持ち出すまでもなく,通常の論文査読であっても 多数の問題点を査読者から指摘されるだろうと感じました. なぜならば;
初期状態は本当に揃って(Matched)いたのか?
もう一度,試験開始時点での 両グループの構成を見てください
原文では『レジスタンス運動と有酸素運動との比較が不公平にならないよう,レジスタンス群と有酸素群とで 諸指標を同じに揃えて(Matched)試験をしました』というBaseLineです.出発点では2つのグループはまったく対等であったと述べています.
でも何かおかしくありませんか? まず項目がやけに少ないのです.特に体格差に関する指標が 腹囲(Waist circumference)だけです. 運動療法の効果を判定しようというのですから,開始時点でグループ間で体格差があったら意味をなしません.
しかし,ここでは腹囲だけしか示されていません. ということは,この原則を思い出すべきでしょう.
医学論文では,書いてあることよりも 書いていないことの方が重要である.
つまり,両グループのBMIや体重はそもそも最初から釣り合っていなかったので 書けなかったのです, HbA1c値のための採血検査や 腹囲測定などを行っているのですから,体重・BMI・HDLなどのデータが存在しないわけがありません.そして 両群で,体重やBMIがきれいに揃っていたのであれば,堂々とそう書いたはずです.当然 この論文の査読者は そこを質問したはずです. しかし 著者はそのデータを示さなかったのでしょう.
明らかに存在しているデータなのに,それを論文で開示しない
これでは著者にバイアスがあると判定されても仕方がないでしょう.したがって バイアス排除の大原則=【重要なデータの欠落】により,この論文はメタ解析に組み入れられるほどの信頼性はありません.発表後13年間で たった51回しか引用されなかったのも当然です.
初期状態で BMI,体重などの体格を揃えると,HbA1cや血圧が揃わず,逆にHbA1cを揃えると今度はBMIが揃わない,という少人数試験のジレンマ(なにしろ各グループ10人なので)に陥ったものと推測されます.
ただし,このBweir論文がデタラメだと言っているのではありません. ここに書かれていることは すべて事実でしょう. しかし書かれていないことが多すぎるのです.このBweir論文が典型ですが,多くの運動療法に関する論文は 厳密な比較になっているかどうかを精査されると,ほとんどが不合格になってしまいます.
Cochrane Review では 2,101報もの論文の内,厳密にバイアスを排除していったら,適格なものは14報しか残りませんでした.
又 前回のYang論文 でも『レジスタンス運動と有酸素運動を比較した』論文は2,988本もありましたが,厳密な評価に耐えるものは その内13本しかありませんでした.
これを逆にみれば,自説に都合のいい論文は,信頼性を無視すれば いかようにでも引っ張ってこれるということでもあります.『医学論文にこう書いてあった』という断片的な情報に惑わされないようにしましょう.それと正反対のことを書いている『医学論文』もヤマとあるのですから.
医学論文と言われると,素人には反論しづらいものです.だから ハゲタカジャーナルが跋扈するのです.
2022年は,これが最終投稿となります.
ブログ別館もこの記事が最終稿です.
みなさま よいお年を.
コメント
わたしはこの論文を読んでいないので、あくまでもぞるばさんのブログ記事を読んでの感想になります。
その中で気になったのは、もちろん「書いていないこと」もそうなのですが、まずは「週3回のレジスタンス運動又は有酸素運動を行い」という部分でした。
レジスタンス運動と有酸素運動の具体的な内容がわかりませんが、運動頻度を揃えたということでしょうか。そこに問題がある気がします。
レジスタンス運動のメリットは、短時間で効率よく運動効果を得られること。一方、有酸素運動のメリットは、低・中強度の負荷で継続しやすいことであり、デメリットはレジスタンス運動に比べると時間をかけておこなう必要があり、効率が悪いことだと思います。
たとえば、1回につき30分のレジスタンス運動を週3回と比較するなら、有酸素運動は1回につき50分週5回などの設定にしないと、有酸素運動の方が結果が劣るのは当然ではないかと思うのですが、どうでしょうか。
高強度の運動が苦にならなかったり運動する時間がないという人は、レジスタンス運動を選択すればいい。
高強度では辛くて続かないけれど、運動する時間はそこそこあるという人は、有酸素運動を選択すればいい。
もちろん、どちらかだけと言わず、どちらもおこなえばいい。
とにかく、自分がストレスなく長く継続できる方を選ぶことが先決であり、人がおこなっている運動の内容に対して他人がとやかく口を挟むものではないと思います。
>レジスタンス運動と有酸素運動の具体的な内容
原文のProtocol説明では;
◇有酸素運動では,試験開始前の準備期間で 各被験者はトレッドミル運動を行い,本人申告の最大疲労困憊までの心拍数をVmaxとして,Vmaxの60%心拍数で20分,75%で30分の運動を行った.
◇レジスタンス運動では,指定された一連の7種の[膝/股関節/肩/肘]の筋トレ運動(各8-10回)を1setとして3set行った(各Set間で2分の休憩). 総所要時間は30-35分だが,トレッドミル運動と同程度の心拍数になるよう調整した.
以上から,『等カロリーで 有酸素運動とレジスタンス運動を比較したことになる』とあります.
たしかに減量protocolならば,等カロリーでの比較は妥当ですが,この試験の場合は有酸素運動とレジスタンス運動とで使う筋肉が全然違うわけで,これで負荷をを等しくして比べたことになっているのかは 何とも言えないところですね.
ではクロスオーバでやればどうか,となりますが,これにしても『最初に行った運動で鍛えられたので,後の運動に影響を及ぼした』といえてしまう可能性が残ります.
更に言えば,そもそも各個人の生来の筋肉の付き方で,どう見ても重量挙げは得意だが走るのが苦手な体格の人と,その逆の人もいるわけですから,有酸素運動とレジスタンス運動のどちらがいいかなどという命題の立て方が成り立たないのではないかとも思います.
ですから,Cochrane Reviewのように その運動をするかしないか,という比較の方が妥当でしょうね.
>自分がストレスなく長く継続できる方を選ぶ
ですね.なので,その点でもCochrane Reviewの結論が正しいと思います.