第65回日本糖尿病学会の感想[15] 運動療法-3

【この記事は 第65回日本糖尿病学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞き間違い/見間違いによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】


ムキムキを目指すだけが筋トレではない

筋トレをやればやるほど糖尿病リスクは下がるものの,死亡率・ガン発症率は高くなる

という今年2月の東北大学のプレスリリースはセンセーションを巻き起こしました.

そこで,この発表の基となった 医学論文を読んでみました.

読んでみてわかったのは,これは 東北大学/早稲田大学/九州大学の共同研究であり,筋トレに関する世界の医学論文1,252件から 信頼性が高いと評価された16報を メタアナリシスにより解析した結果である,ということです.

たしかに メタアナリシスはエビデンスレベルとしては最高位に位置付けられるものです. しかしこの論文のメタアナリシスに組み入れられた16報の内容を見ると,論文著者がLimitationの項目で述べている通り,被験者の運動の種類・度合などについてはすべて,Questionnaire又はInterview,つまりアンケートか聞き取り調査であって,基本的には本人申告であり.第三者が客観的に査定したものではありませんでした.

食事療法においては,本人の自己申告は実際の摂取量より大幅に過少申告されるのはもはや世界の常識ですが,筋トレをやっている人はどうなのでしょうか?
尋ねられたら 『俺はこんなにすごい筋トレをやっているのだぞ』と過大申告するのでしょうか,それとも『いえ,小生などまだまだヒヨコでして』と謙遜して過少申告するのでしょうか?

筋トレ人間がどちらの傾向なのか,まったく知りませんが,いずれにせよ このメタアナリシスでは『自己申告』がベースになっているので,『筋トレは週に50分が最適』『週に筋トレ150分は有害』という結論の内,『50分』や『150分』という数値そのものにあまり意味はないのかなと感じました. それよりも 横軸の筋トレ度合に対して,縦軸の死亡率や癌発症率がJ字カーブを描く,つまり筋トレをまったくしないのも,過剰な筋トレもどちらも好ましくない,というこの傾向だけはゆるがないのでしょうね.

運動療法には処方箋がない

糖尿病患者が病院で受診すると,医師は糖尿病の薬を処方してくれます.医師は血糖値・血圧・コレステロール・肝機能などの検査値を見て,その患者にもっとも適切と考えられる薬の種類と投与量を選んで処方箋を書きます. 決して『糖尿病の薬なら何でもいいだろう』で処方しているわけではありません(多分).

そして院内の糖尿病教室では,管理栄養士が食事療法の指導をしてくれます.管理栄養士は患者の体格・食事記録を参考にしつつ,やはり患者にもっとも適切と考えられる食事を推奨します.『画一的・機械的』と批判されてきた『食品交換表』でさえ,患者の体格と日常活動量を基準にして,食事のカロリーを設定することになっています. これも『何でもいいから 適切な食事をしてくださいね』ではありません.

つまり,投薬治療にせよ食事療法にせよ,『患者に応じた個別化』は建前としては 存在しています.

それでは,糖尿病治療の車の両輪の一つ=運動療法については,どうでしょうか? 糖尿病患者が病院での診察を終えて帰る時,薬の処方箋と一緒に『もっとも適切と考えられる運動の処方箋』は手渡されているでしょうか?
そんなもの見たことがありません. つまり,運動療法については『よく運動してくださいね』この一言だけなのです.これでは精神論です.

それでは,『糖尿病診療ガイドライン 2019』 では,医師は患者にどのように運動療法を指示すべきだと書いてあるでしょうか?

Q:4-3
 具体的な運動療法はどのように行うか?
 
[ステートメント]
・有酸素運動は,中強度で週に150分かそれ以上,週に3回以上,運動をしない日が2日間以上続かないように行い,レジスタンス運動は連続しない日程で週に2~3回行うことがそれぞれ勧められ,禁忌でなければ両方の運動を行う.
・日常の座位時間が長くならないようにして,軽い活動を合間に行うことが勧められる.

 
  糖尿病診療ガイドライン 2019 p.61

どうやらこれが『運動療法の処方箋』のようです.『中強度』の定義は,『最大心拍数の50~60%』だけです. そして『軽い活動』の定義として例示されているのは『歩行』だけです.
投薬治療や食事療法では,やたら細かい指示がある一方で,運動の指示になると極端にアバウトになります.それとも『何でもいいから中強度』なのでしょうか?

またこのガイドラインが問題と感じるのは.年齢・性別・病態など一切お構いなしに『中強度で週に150分かそれ以上』と規定していることです.1型糖尿病の5歳の女の子でも,35歳の働き盛りの男性でも,御年95歳の2型糖尿病のお爺ちゃんでも,どんなにライフスタイルが違っていても区別していません.

糖尿病学会のガイドラインではらちが明かないので.公益社団法人 日本理学療法士協会が発行している 【理学療法ハンドブック No.6『糖尿病』第2版】 も参照してみましたがこちらも,有酸素運動と筋力トレーニングが簡単に解説されているだけでした.

学会の指針は 以上の通りです.
この記事 にも書きましたように,一般論ではなく『今 目の前にいるこの患者に,その病態に応じた最適の運動の種類と量』を処方できないのであれば,それは科学に立脚した医療とは言えません.

そして,冒頭の東北大学の発表でも見たように,『適切な運動』と言うからには,下限/上限が明確でなければいけません.もちろんそれらの下限/上限は,人によって,また病態によって異なるでしょう.ところが『中強度で週に150分かそれ以上』では,素直に読めば上限はないと受け取れます. ここを見ただけでも現在の指針は明確でないのです.

[続く]

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    糖尿病の治療は、(建前上)食事療法、運動療法、薬物療法の順に治療を行う事が決められていた、要するにいきなり薬を処方できないと言う事だと思うのですが、運動療法なんか本当に続けられる人はめったにいないと思います(私は無理です)。糖尿病に限らず、生活習慣病全般に言える事でしょう。
    私も主治医に一応、確認されました。「運動してますか?」と。
    「特にしてません」と答えた瞬間に、主治医の表情が暗くなったように感じたのを覚えています。たぶん、指導するのが厄介だと思われたのかもしれません。
    続いて「通勤で8000歩くらいは歩いていますけど。。。」と言うと、一変して表情も声のトーンも明るくなり、「運動してるって事やね」と言いながらカルテに書き込んでいました。
    私の感覚では通勤で仕方なく歩いている程度は運動には入らないと思っていたんですが、その程度でも治療としての運動になると言う事のようです。運動の定義も明確にはないのでそれでよいと言う事なんでしょうね。5000歩だったらどうだったんでしょうね。

    • しらねのぞるば より:

      > 運動の定義も明確にはない

      ここが問題だと思っています.
      患者に応じて 最適の運動の種類とその量を指示していない(できない). 基準がないのだから,患者が運動療法を十分こなしているのか,そこそこなのか,という評価ができない,したがってFeedbackもかけられない.

      ところが 薬であれば,投薬量-残薬量から 服用した薬に対する効果が判定できます.
      食事療法であれば,患者への聞き取りから 食事療法の遵守度合も(やろうと思えば)評価できます.

      しかし,運動については 何も指示していないので,つまりは何も評価できません.

      それは医療ではないでしょう.