第65回日本糖尿病学会の感想[13] 運動療法-1

【この記事は 第65回日本糖尿病学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞き間違い/見間違いによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】


今回の学会では,糖尿病の運動療法について,教育講演とシンポジウムで総合的な講演がありました.

教育講演(専門医更新のための指定講演)9
 『糖尿病の運動療法;No sit から HIT へ』

シンポジウム 25
 『骨格筋・脳機能研究の最新知見~運動療法の新しい展開~』

 
 S25-1 糖尿病・代謝的肥満・身体活動とサルコペニア
 S25-2 運動によるII 型糖尿病の認知機能改善効果と脳内乳酸代謝
 S25-3 運動による骨格筋リモデリングの活性化と加齢による破綻メカニズム
 S25-4 マイオカイン,筋微小循環から考える骨格筋の量的・質的調節
 S25-5 運動バイオマーカーとテキスタイル型ウェアラブルデバイスを用いた身体活動量の見える化に向けた取り組み

運動療法の問題点[1] エビデンスレベル

運動療法が有用であることは,どの疫学研究でも示されています. そうです,【疫学研究】では

疫学研究とは観察研究の一種です.そして観察研究とは下記の記事[別館]でも述べた通り,多数の(時に 膨大な)データを基にして,たしかに統計的有意差を示したものですが,エビデンスレベルは高くありません.

『自分にとって最上のエビデンス-3』
医学エビデンスには,その信頼性により階層レベルがあるという話です.  ケースコントロール研究/観察研究 ケースコントロール研究や観察研究がレベル4…

1977年にマクガバン議員が米国上院 公聴会で 食糧業界側の証人と激論を交わしましたが;

『疫学研究は 因果関係を証明するものではない』という科学者の指摘で論破されてしまいました.

もちろん 運動療法の有効性は数々の疫学研究で示されています.
もっとも古いものでは,ほぼ70年前に既に報告されています.

ロンドンのバス運転手と車掌の心疾患発症率を比較したところ,勤務中 ずっと座りっぱなしの運転手よりも,常に動いている車掌の方が明らかに心疾患死亡率が低かったのです.

physical activity in work is associated with a lower incidence and severity of coronary (ischaemic) heartdisease in middle-aged men.

業務中の身体活動量は,中年男性の冠状動脈(虚血性)心疾患の発生率と重症度の低下に関連している.

Morris JN et al., 1953

それ以来,この種の疫学研究=観察研究の結果は無数に存在します.そして ほぼすべての観察研究で,『体を良く動かした方が健康によい』という結論で一致しています.
ところが,これほど明らかな結果にもかかわらず,観察研究よりもエビデンスレベルの高いものは存在しないのです.

『体を良く動かした方が健康によい』と分かっているのなら もうそれで十分じゃないか,と思われるかもしれません.しかし,医学は科学です. 『なぜ』がわかっていないと,その次に進めません.

どういうことかと言えば,運動が体にいい,それはいいでしょう. しかし,『なぜ』が解明されていないと,

  • 『Aの運動療法とBの運動療法でどちらがどれくらいいいのか』
  • 『Aの運動療法による効果は,どれくらいが期待されるのか』
  • 『目の前にいるこの患者に最適の運動療法とはどういうものか』

などという質問に答えられないからです.これらに答えずに,ただ患者に『運動しなさい』というのは,処方箋を書かずに『何でもいいから糖尿病の薬を呑みなさい』に等しいと言えば おわかりいただけるでしょうか.

ガイドラインに『週に150分の中程度の運動を』などと,ほとんどスローガンのような曖昧な表現で書かれているのは,以上のことが原因です.それ以上書けないのです.

運動療法が医学による治療法の一つであるのなら,その治療の作用機序と期待効果を示さねばなりません. それができないのなら,それは医学ではなく, Witch Doctorによる魔法か,『神様にお祈りすれば,きっといいことがありますよ』という宗教と変わりません.

ジンバブエの Witch Doctor (C) Britannica

上記の学会講演で,『マイオカイン』だの,『リモデリング』だのと,何やら ややこしそうな用語を使った講演が行われているのは,運動療法を『科学』のレベルに上げるために,研究者がいかに努力を重ねているかを示すものです.

運動療法の問題点[2] 実施率

科学的解明は横に置くとして,70年も前から 運動は体によいと知られています. とりわけ糖尿病患者には薬物療法に先立って『運動療法』を行うことが推奨されています.
ところが,医師が糖尿病患者に運動療法を指示しても,65%の患者が『守れない』と答えることもまた事実なのです.

運動療法の効果を調査した臨床試験においても,運動に励み,たしかに 血糖値やHbA1cが低下することを実感したはずの被験者なのに,試験が終了すれば 運動をやめてしまいます.

理由は簡単でしょう.

楽しくない

ただ,それだけ.
もちろんすべての人がそうではありません. 運動自体が楽しい,筋トレが生きがいだ,そういう人はいるでしょう.しかし すべてがそうではないことも事実です. ぞるばだって,山登りとなれば,たとえそれが標高数百mの『丘』程度のものであっても,弁当持参で嬉々として登ります. 楽しいこと・好きなことならば,たとえ禁止されてもやるのです.しかし,いやいやながらであれば,どんなに糖尿病にいいですよと言われても,いずれは投げ出してしまいます.それが上記の『運動療法は守れない』の理由です.

日常に溶け込ませる

では,どうすればいいのでしょうか. そこで70年前のロンドンのバス運転手と車掌の例を思い出してください. 当時 バスの車掌は,心疾患を予防するために,揺れるバスの中で 立ったまま 切符を販売し釣銭を渡していたのでしょうか? 違いますね. それが仕事だったからそうしていただけです.つまり,運動のためにわざわざ時間をとってスポーツジムに出かけたり[★],やおら筋トレ道具を取り出すのではなく,運動自体を日常生活に溶け込ませてしまえばいいのです.

[★]『時間をとってスポーツジムに出かけたり』
新型コロナのために,通っていたスポーツジムが長期休業となってしまった人の話です.スポーツジムでの運動ができなくなったので,せめてジムへの往復だけは続けていたら,その方がよほど運動になっていた,という笑い話を聞きました.

今回の教育講演9 『糖尿病の運動療法;No sit から HIT へ』で,講師の細井 雅之先生(大阪市立総合医療センター糖尿病内科)は,有酸素運動と無酸素運動の併用は当然として,筋トレについては;

若い人は,仕事の都合もあり,なかなか時間もとれない.しかし 体力はあるのだから,短時間で活動量が稼げるHIIT(High-Intensity Interval Training )が適している.

一方あらゆる糖尿病患者には,スロースクワット(ゆっくりスクワット)を推奨する.高齢者には 特に適している.

第65回 日本糖尿病学会 教育講演 9

と述べておられました.

たしかに糖尿病には, 有酸素運動だけでなく レジスタンス運動も必要です. しかし,それを スポーツジムという 非日常空間において行うのではなく,日常活動の一つとして,つまり普段の生活・普段の勤務そのものにレジスタンス運動が自然に入り込んでいる,この方が確実に効果的で継続しやすいと思います.なにより金がかからないw

たとえば 農作業なんて有酸素運動もレジスタンス運動もてんこ盛りです.私も親戚の農作業を手伝ってスクワットを260回以上やる羽目になりました.

自他共に認める『運動嫌い』のぞるばですが,スロースクワットの一種である『逆トレ』だけは もう1年近くも続けています.その効果でしょうか,近所の整形外科医が(この医師はスポーツ医学が専門で,ウォーキングなどの有酸素運動を腹の底から軽蔑しているのですが)私の大腿筋をわしづかみした時に『サッカー選手並みだ! 筋トレなしで どうしてこんなに?』と絶句していました.

[続く]

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