【この記事は 第65回日本糖尿病学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞き間違い/見間違いによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】
今回の学会で 糖尿病の新分類に関連する発表がありました. しかし,それを紹介する前に(長い)前置きが必要です.
二人の2型糖尿病患者
こういう例があったとします[架空の例です]
患者 Aさん
・38歳男性 身長 172cm 体重97kg BMI= 32.8
・GAD抗体陰性
・空腹時血糖値 = 134 HbA1c = 7.5%
患者 Bさん
・38歳女性 身長 152cm 体重40kg BMI= 17.3
・GAD抗体陰性
・空腹時血糖値 = 134 HbA1c = 7.5%
二人ともGAD抗体は陰性,したがって1型ではなく2型糖尿病です.空腹時血糖値・HbA1cはまったく同じで,軽~中度の糖尿病です. しかし同じなのはそこまでで,二人の体格は倍以上も違います.そして二人の糖負荷試験はこうでした.
どう考えてもこの二人は違う病態ですね. つまりこの二人をひっくるめて『どちらも同じ2型糖尿病』というのは実に乱暴なのです.どこをどう見れば二人は『同じ』になるのでしょうか.
Aさんは糖負荷試験で十分すぎるほど多量のインスリンが分泌されているので,肥満によるインスリン抵抗性(HOMA-R = 6.0)が原因です.そしてBさんはインスリン分泌不足が原因です.
インスリンがあふれるほど出ている人と,インスリンの出が悪い人が同じ病気でしょうか? 二人の糖尿病メカニズムは正反対なのです.
この二人を治療する医師は,さすがにこの違いはわかるはずで,Aさんにはメトホルミン,それでもHba1cが下がらなければさらにSGLT2阻害薬を,BさんにはDPP-4阻害薬を処方するでしょう. そしてAさんには肥満解消を求めるでしょう.
さて,それで 二人の患者の今後は大丈夫でしょうか?
Ahlqvist分類
この記事やこの記事で,『2型糖尿病という単一の病気は存在せず,複数のまるで異なる高血糖症を まとめてそう呼んでいるにすぎない』という スウェーデンの Emma Ahlqvist博士の説を紹介しました.従来の1型と2型糖尿病という分類ではなく,それぞれ相互に異なる5つの糖尿病が存在するという説です.
特にAhlqvist説で重要なのは SAID,SIDD,MOD,SIRD,MARDという5つの糖尿病は,そのどれであるかによって『どの合併症が発生しやすいのか』というリスクが異なる点です.
例えば SIRD(Sever Insulin Resistant Diabetes;重度インスリン抵抗性糖尿病)と MOD(Moderate Obese Diabetes; 軽度[単純]肥満性糖尿病)とは,外見こそよく似た肥満タイプの糖尿病ですが,前者は まだHbA1cがそれほど悪くない内から 腎不全が急速に進行しやすいのに対して,後者はそのリスクは低い,というなどです.
そうであるとすれば,それぞれのタイプに応じた治療を早期から実行すれば,合併症の発生を食い止められるはずです. しかし実際はどうかといえば,『2型糖尿病』という一つの名前が災いして 同じような治療がなされている,という指摘でした.
実際,SIRDとMODの患者への投薬状況を Ahlqvist博士が調べたところでは どちらも ほぼ同量のメトホルミンを投与されていた,つまり治療法に区別がなかったのです.
博士の説に従えば,冒頭の二人を『2型糖尿病』とまとめてしまうのはまったく不適切であり,Aさんは MOD 又は SIRDであって,Bさんは SIDDとなるでしょう.AさんがMODであるのなら,幸いにして医師の投薬治療は適切であり,ほどなくして Aさんの血糖値は下がるでしょう. しかし もしもAさんが SIRDであったら,薬が奏功しないどころか,さほどHbA1cは悪化していないのに,急速に腎機能(eGFR)が低下して透析に至るかもしれません.
日本人の場合
Ahlqvist博士はスウェーデン Scania県に登録されているすべての糖尿病患者のデータを Cluster分析 という手法で解析して,自説を発表しました.
では,この 博士の新分類は 日本人にも当てはまるのでしょうか? 答えはYesです. 福島県立医大の 島袋先生の教室では,Ahlqvist分類は日本人にも当てはまることを確認済です.
それでは 合併症はどうなのでしょうか? Ahlqvist分類では,どちらも肥満型糖尿病なのに SIRDは急速に腎機能が悪化し,MODではそれほどでもない,という例がありました.
そのような 『タイプの違いによる合併症リスク差』は 日本人にもあるのでしょうか?
それが今回の学会で 島袋先生から報告されていました.
P-77-1
データ駆動型クラスター分析に基づいた成人発症糖尿病の新しい分類はサルコペニアのリスクを予測する:福島DEMコホート研究
福島県立医大に登録されている糖尿病患者 586名を 3年間 追跡したところ, SAID・SIDD・ MARDに分類される患者は,MOD・SIRDに分類される患者に比べて,サルコペニア発症率が高かったのです.前者は『痩せ型』,後者は『肥満型』の糖尿病ですから,この点から見ても やはりこれらは違う病気であるということになります.
とはいえ,痩せ型の人は,別に糖尿病でなくても,それだけでサルコペニアのリスクは高い[★]わけですから,できるだけまめに動いて 筋肉を失わないような日常生活を保つことが必要でしょうね.もちろんだからといって激しい筋トレなどは不要でしょうが.
[★] 逆に言えば,肥満の人は 自分自身の体重で毎日『自重筋トレ』をやっているようなものですから,サルコペニアになりにくいのだろうと思います.
[続く]
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