第64回日本糖尿病学会の感想[23] 『グルカゴンの反乱』のその後-9

考えてみれば当然

グルカゴンは,多くの糖尿病患者からみれば血糖値を上げる『悪役』でしょう.

前回の記事は,この悪役グルカゴンが作動しないように グルカゴン受容体アンタゴニストを開発して投薬すれば たしかに HbA1cはめざましく下がることがわかりました. しかし よかったことはそれだけで,脂肪肝は増加,ALTは悪化(上昇),中性脂肪やLDLも上昇,体重は増加,おまけに血圧まで上昇気味でした.もう散々です.

しかし,この惨憺たる結果から 明らかに言えることがあります.それは

グルカゴンが動作しないようにしたら,脂肪肝,ALT,中性脂肪,血圧は悪化した

のですから,つまり答えはもう出ています. それは;

グルカゴンは,脂肪肝の増加を防ぎ,肝機能・中性脂肪・LDLなどを良好に保つ働きをしていたのだ

ということです.つまり これがグルカゴンの本来の機能だったのです.

そこで一句

総合プロデューサー

というのは,グルカゴンは 何もインスリンに対抗するためだけに存在しているのではなくて,『エネルギー代謝を司り 人体の隅々にまで行きわたらせる』というグローバルホルモンのようです.

Metabolic-Effects-of-Glucagon
糖尿病治療の新機軸~グルカゴンの意義と新知見

グルカゴンは,単なる「血糖値を上昇させるホルモン」なのではなくて,「総合的エネルギー調節因子」であって,グルカゴンはその一環として糖新生の促進や,脂肪組織における脂肪分解を加速します.また脂肪細胞に働きかけて『熱産生促進』,つまり文字通り『脂肪を燃やす』を行っていたのです.

糖尿病診療に活かすグルカゴンの理解 ∼基礎と臨床∼[PDF]

したがって,グルカゴンの作用を全面的に阻害したら,体内に脂肪があふれてしまったのは当然でしょう.グルカゴンは決して悪役ではないと思います. ただ糖尿病では,その分泌がうまく制御できていないだけのように思えます.

食後,特に蛋白質の多い食事を摂った後に,グルカゴン分泌が増えるのは 糖尿病患者でも健常者でも起こる現象ですが,これはアミノ酸が糖新生の主原料であった原始脊椎動物の名残かもしれません(鯛やマグロなどの肉食魚類は常に糖質摂取=ゼロなので,アミノ酸から糖新生して血糖を得ています).


いかがでしょうか.

第64回 日本糖尿病学会での たった30分の 1本の講演(シンポジウム 21-4)から,

これだけの量の情報が得られ,さらに 糖尿病について従来の通説を根底から覆すかもしれない可能性まで考えることができました.
医学も科学である以上,科学的にデータを突き詰めていけば そこから次々と展開が開ける,それを強く感じさせてくれた講演でした.

次回は,第64回 日本糖尿病学会 感想シリーズの最後として,専門医向けの『教育講演』にをとりあげて しめくくりといたします.

[24]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >グルカゴンは,多くの糖尿病患者からみれば血糖値を上げる『悪役』

    基本的に体内に不要なものは存在しないと言うのが私の考えです。要するに完全な悪役は存在せず、何らかの必要性が必ず存在すると考えています。
    したがって、グルカゴンが血糖値を上げるのも意味があっての事だと思っていました(副作用的に上がってしまうのかもしれませんが)

    >これがグルカゴンの本来の機能だった

    やはり、血糖を上昇させることだけが目的ではないと言う事ですね。

    >アミノ酸が糖新生の主原料であった原始脊椎動物の名残

    原始脊椎動物の名残だったとして、現在、人類にその能力はどのくらい残っているのでしょう。
    それが分かれば、摂取すべき糖質の最低量が見えてきますが、生命維持に必要な糖質量を産生すると言う意味で十分な能力が残っていると経験上思えます。

    • しらねのぞるば より:

      平日中は ブログ管理サーバーにアクセスできない環境のため,ご返事が遅れて申し訳ありません.

      今回の学会講演でのこのグルカゴンの解説は,何でもかんでも『インスリン抵抗性』だけで説明することの妥当性がゆらいでいることを示されたのは収穫でした.
      『インスリン抵抗性』だけで説明しようとするから,どんなに痩せていても,どんなに体脂肪率が低くても,どんなにインスリン分泌量が少なくても, それはどこかに内臓脂肪があり,それが驚異的な『インスリン抵抗性』を発揮しているのだという,およそ無理筋に陥ってしまうわけです.

      しかし,グルカゴン分泌制御不良であるならば,痩せ型の糖尿病も無理なく説明できてしまいます.