そっくりさん
イメグリミンとメトホルミンとは,化学的には非常によく似た構造であると言われます.
実際 両者の化学構造式を重ねてみると;
この通り,ほとんどピッタリ重なって,違いはごくわずか(緑の点線内)です.それ以外はまったく同じです. これを見れば メトホルミンとイメグリミンは,ほとんど 同じ化学反応をするだろうと予測しても的外れではありません.
このことは ある種の安心感をもってむかえられました. これほどよく似ている化合物であれば,それは長い歴史を持つメトホルミンと まるで異なる挙動(=副作用)を示すことはないだろうという予感です.
ここ10年ほどの期間に新たに登場した糖尿病の新薬は,GLP-1受容体作動薬にせよ,あるいはDPP-4阻害薬,SGLT2阻害薬にせよ,それまでの糖尿病薬とはまるで異なる化学構造です.
そうであれば,その新規機能には期待できるものの,同時に『広く使われるようになったら,ある日突然 とんでもない未知の副作用が出るのではないか』という不安がどうしてもつきまとっていました.
その点でイメグリミンはずいぶん得をしています.誰がどう見ても 『メトホルミンに近いものだな』と思えるからです.したがってメトホルミンで発生しやすい副作用,逆に起こりそうもない副作用は あらかじめ想像できます.そして 実際の投薬実験結果は,その期待を裏切りませんでした.
あまり似ていない
しかし,メトホルミンとイメグリミンでは 違うところも多々あります.それをまとめたのがこの文献です.
相違点を表にするとこうなります.
化学式は非常に似ているのに,どうしてこんなに違う現象が起こるのでしょうか.
しかし,実は メトホルミンとイメグリミンとは,化学構造的にもかなり異なるのです.
3D表示させてみれば
イメグリミンとメトホルミンとを,化学構造式ではなく,立体構造で見るとこうなります.
化学構造式だけを見ていた時とは 随分イメージが違うことがわかります. しかし,これが両者の真の姿なのです.しかも違いは姿かたちだけではありません.化学物質としての反応性も異なるのです.
メトホルミン[左上]では3つの窒素原子と2つの炭素原子からなる分子の中心部が,馬蹄形に開いており,ここに金属イオンがスッポリと収まって錯体化合物を作ることが可能です[左下]. 一方イメグリミン[右上]は,そこが環状に閉じているので,金属イオンは入り込めません.
この差は甚大です.
メトホルミンは この『馬蹄形のポケット』の部分に,金属イオンを取り込んでいろいろな化合物(金属錯体)を作ることが可能です.
マンガン(Mn),鉄(Fe),銅(Cu),亜鉛(Zn),マグネシウム(Mg)などと,人体では重要な働きをする金属イオンが含まれていることにご注目ください, 実際,これらのメトホルミン-金属化合物には,生物活性が確認されています.例えば 上記の内,特に亜鉛との錯体化合物は,強い抗菌性・抗真菌性が見られました.
しかしイメグリミンには,『馬蹄形のポケット』はないので,こういう形態では金属イオンを取り込めません.金属イオンと反応するとすれば,フェロセン型のサンドイッチ配位化合物を作る可能性はありますが,いずれにせよメトホルミンとは全然違う形になります.
つまりメトホルミンとイメグリミンとは,安定な強還元性化合物という点ではよく似ていますが,似ているのはそこまでで,その立体構造や,金属イオンとの反応性から見ると まったく別の化学的特性を持っているのです.
このことは,メトホルミンには見られなかった生物学的挙動が(良くも悪くも)イメグリミンには存在しても不思議ではないことを意味します.
すなわち,イメグリミンは メトホルミンの亜流の新薬ではないのです.(そう主張している先生もおられますが)
イメグリミンの懸念事項
最後にイメグリミンについて 今後懸念される事項を考えてみます.
新薬は未知薬
イメグリミンのデータは,現時点では 承認申請のための少数の治験例しか存在していません. 今後 日本・東南アジアで発売され,多数の糖尿病患者投与された場合,第3相までの試験では発見できなかった低頻度の副作用が見つかるかもしれません.
ただし,これは すべての新薬について言えることです
実験的にも プレ臨床でも,イメグリミンの乳酸アシドーシスのリスクはメトホルミンより小さそうですが,それは他の副作用もすべてメトホルミン以下であると保証するものではありません. 上述のように,イメグリミンならではの化学経路が存在するかもしれないからです.
欧米での承認見通しがたっていない
これは大きな問題です.圧倒的に大きい欧米の糖尿病薬市場での発売見通しが立っておりません. 原因は欧米での第3相試験がいまだに開始されていないからです. 本来であれば,日本と同時に開始する予定だったのですが,試験費用の負担問題(新薬の治験試験には膨大な費用がかかります)でもめているらしく[私の推測です.根拠はありません],まだ開始すらしておりません.
既にSGLT2阻害薬を上市して,欧米型糖尿病の第一選択薬の座に押し上げたいと思っている世界の大手製薬メーカーから見れば,イメグリミンの登場は,実は歓迎されざる競争相手になるわけで,愉快なことではないのかもしれません[これも私の推測です.根拠はありません].
欧米で実用化されないとなると,イメグリミンの普及は限られたものになるかもしれません.
最新の糖尿病薬:イメグリミン【完】
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