『2型糖尿病』は存在しない[5]データに語らせよ

コロンブスの卵

(C) マキマキカンパニー さん

前回記事では,Ahlqvist博士が提唱した糖尿病の新分類は,HbA1cなどの指標を『数値に基づいて分類した』のではなく,先入観を排除して,ただ『似た者同士』のグループに分けただけなのに,それぞれのグループには,かなり特徴があることを紹介しました.

『2型糖尿病と一口に言っても,病態・症状は多種多様』とは昔から言われてきたことでした. しかし Ahlqvist博士の提案する新分類を見ると,『なぜ,これに気づかなかったのだろうか?』『どうして誰もこれをできなかったのだろうか?』と 不思議になります.

データに語らせた

人に語らせるのではなく『データに語らせよ』という言葉があります. 先入観で決めつけるのではなく,データ自身が表していることを客観的に解釈することこそが真実への近道という意味でしょう.

Ahlqvist博士の提案した新分類は斬新なものでしたが,それは正に『データに語らせた』からでしょう.

2型糖尿病をいくつかの類型に分類するという試みは,実際 過去から多数行われてきました.
2型糖尿病と呼ばれる患者の症状・病態を見ると,どうみても均質な集団ではなく多種多様だからです.

たとえば,糖尿病以前の段階ですら,空腹時血糖値障害(IFG= Impared Fasting Glucose)と耐糖能障害(IGT= Impaired Glucose Tolerence)とがあり,これらはまるで別物ではないかと考える人も多いです. IFGはたしかに空腹時血糖値は高いのですが,食後血糖値はむしろ健全であり,本格的に糖尿病を発症するリスクは,正常人とほとんど同じです. 一方空腹時血糖値は正常なのに食後血糖値が高い IGTは,ほぼ確実に糖尿病の前段階と見て間違いないでしょう.この段階ですでに2種類あるのです.

そこでこれまでの糖尿病を分類するアプローチでは,2型糖尿病の発症と進行に関連する,すべての確認済の(及び 考えられる) 生化学的変化から理論的に考えるものばかりでした.

一例をあげれば,下の図のように;

糖尿病の発症・進行について,ありとあらゆる 要因を生化学的に整理したうえで,糖尿病患者の症状が多種多彩なのは,それらの構成成分の割合が違うからだ,という考えです. ちょうど たかだか数種類のアルコール類から,その『配合割合』によって 無数のカクテルが作れるのと同じです.

ところが,このアプローチは糖尿病のメカニズムを研究するにはいいのですが,いざ目の前の個々の糖尿病患者を分類しようとすると,いちいちその人のDNA全解析から始まって,ありとあらゆる検査を行う必要があります. たとえそれをすべて行ったとしても,検査不能の項目(構成要素間の関連強度など)がありますから,推測に頼る部分もでてきます. つまり研究はできても,診断・治療には向いていません.

ところが Ahlqvist博士の行った方法は,まさにその正反対でした. 『データ同志が似た者同士を呼び集める』,ただこの単純な作業だけを行ってみたら,データが それぞれに特徴のある集団に 勝手に分かれていきました.まさにデータ自身が『語った』のです.

[6]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >データに語らせた

    まさにData Drivenな手法ですね。
    これからは医療にもAI技術が応用されていくと思われますが、AIの良いところ(それ以外の手法では無理なところ)は、ある基本パターンの推論エンジン(私はこれを人間で言えば本能だと思っています)を作れば、あとはそれ自身が学習し、新たなロジックを自分自身で作りだし、書換えながら認識するようになるところです。
    要するに未知のものに対して推測できるところです。例えば、言語中枢にあたる推論エンジンを作れば、日本語だろうが英語だろうが関係なく学習します。
    したがって与えるデータによってどのような結果が得られるかは、誰にもわかりません。結果を見てもなぜそうなのか推論エンジンをプログラミングした本人にも理解できない事もあります。
    少なくとも(私がかじった)30年前のAI技術はそうでした。現在ではこれにビッグデータを組み合わせると予測手法の強力なツールになるのではないでしょうか。

    >なぜ,これに気づかなかったのだろうか?

    AI技術は未来予測にこそ利用価値があるものだと思っていますが、これは医療の分野においても非常に利用価値があるでしょう。
    人手ではできないくらい膨大な処理を必要とする事、人が気づかない事を気付かせる事も今なら可能です。
    AI技術は医療分野には欠かせない技術になるでしょう。
    医師の仕事は、コンピューターが出した答えをどう判断するか(正しいかどうか、採用するかどうか)と言う方向に進むのではないでしょうか。

    • しらねのぞるば より:

      そういえば,ムクドリやイワシの群れは,あたかも群れ全体が一つの生命体であるかのような動きを見せますが,群れの中の個体は とても簡単な法則で動いているにすぎない,と解析されているようです.

      一見複雑にみえる系でも,もっとも重要な支配則を見つければ 非常にすっきりとすべてを記述できるという例は多いようです.