食事療法の迷走[39] 熊本での学会[1]

2013年3月に突如 日本糖尿病学会が報道陣を集めて,『日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言』の発表を行いました.翌日 新聞各社は,競ってこれを記事にし『糖質制限食は危険なので学会が警告を出した』と大々的に報道しました.

2013年3月19日
(C) 読売新聞

その報道の余韻も冷めやらぬ5月,熊本で 第56回日本糖尿病学会が開催されました.

2つのシンポジウム

この学会では,食事療法に関して2つの討論会が行われています.
1つは『糖尿病医療における食事療法の課題』というシンポジウムで,以下の5本の講演が行われました.

第56回日本糖尿病学会
シンポジウム6

『おや?』と思われた方は,このブログの連載をご愛読いただいている方です(いるのか?). なぜなら,このシンポジウムで,初めて『カーボカウント』と『低糖質食(=糖質制限食)』をまとめて取り上げたからです.

この講演の抄録は上記のリンクから全文読めるので,詳細は述べません.ただ

この方法(=カーボカウント)の一種の悪用によって極端な低糖質食に走ることのない様に留意すべきと考えられる.

シンポジウム 6-1

という意見が出ています.糖質制限につながりかねないのなら,たとえカーボカウントが患者に有用なものであっても,好ましくないということでしょうか.また,ここでも『悪用』という,およそ学会では使われるべきでない言葉が登場しています.

更に次々と登壇する講演者から,このように意見が出されました.

幸いなことに近年になり極端な糖質制限が及ぼす身体への悪影響に関する報告が相次いでなされている.すなわち全死亡率,心筋梗塞ならびに癌死亡率を比較すると,糖質制限においてそれらのリスクの増大を認めている

シンポジウム 6-1

多くの肥満2型糖尿病症例を対象とした臨床試験や長期にわたる疫学調査の結果では,炭水化物を制限する食事を長時間続けると,心筋梗塞や脳卒中になる危険性が高まり,全身の動脈硬化症は,高糖質食よりもむしろ低糖質食において悪化するとの報告が多くみられる

シンポジウム 6-2

『糖質制限食は死亡率を高める』『糖質制限食で心筋梗塞・脳卒中・動脈硬化が悪化する』と述べています. これらは この学会の2か月前に出された『日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言』;

2013年3月18日 日本糖尿病学会 提言

に記載されていたことです. つまり 3月の『提言』と5月のこの講演とは,連携した路線だったわけです.なお,ここでが挙げていた『糖質制限食で死亡率が高まる』とは LagiouのBMJ論文のことですが,それについては 別記事でとりあげます.

このシンポジウムでは こういう意見も出されていたのですが,

[低糖質食をめぐる議論の混乱]
現在,低糖質食をめぐり,しばしば「極端な低糖質食」の功罪に関するデータをもとに,「ゆるい糖質制限食」の功罪が議論されている.すなわち,「ゆるい低糖質食」を実施した場合に,「極端な低糖質食」と同様の効果を得られるのか,同様の有害事象が生じ得るのか,ともに十分なデータがないために,議論が平行線になることが多い.まずこの点を整理した上で,エビデンスを抽出し,エビデンスがない部分は,基礎研究結果をもとに生じうる効果と有害性を予測して,前向き臨床研究をデザインする必要があろう.

シンポジウム 6-3
  • 『極端な低糖質食』が有害だからという理由で『ゆるい低糖質食』まで,つまり『すべての低糖質食』を否定するのか,
  • そもそも『極端な低糖質食』と『極端ではない低糖質食』はどこで線引きできるのか,その根拠はあるのか

というもっともな指摘です.しかし,このシンポジウムを聞きながらつくづく感じたのですが,糖質制限食に反対する方々が『糖質制限食は..』という時には,その糖質制限量が適切なのかとか,『極端な糖質制限食』と『緩やかな糖質制限食』の線引きをどうするかなどは,どうでもいいことなのでしょう.なぜならば;

食品交換表に従わなければ,すべて『糖質制限食』だ

この定義だけなのですから,その意味では立場は明確です.

[40に続く]

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