食事療法の迷走[38] 唐突に『提言』

2012年には,1月の日本病態栄養学会5月の日本糖尿病学会で,糖尿病の食事療法に糖質制限食を取り入れる,又は選択肢の1つとして認めることについて,その是非が討論にかけられました.これについては,賛否両論がありました.しかし,別の検討会で『食品交換表にはカロリーのことしか記載していないが,カーボカウントの考えも取り入れた方がよい』という声も多くなってきました.

とすれば,食品交換表の『炭水化物比率は50~60%でなくてはならない』という固定した考えは,何らかの形で 柔軟にしていくのだろう.と多くの人が予想していたはずです.

2013年学会提言

ところが,その予想は意外な形で裏切られます. 2013年3月18日に 日本糖尿病学会はこのような提言を発表しました.

2013/03/18 日本糖尿病学会提言

Press Releaseとあるので,報道陣を集めて大々的に発表したのでしょう.実際 当時の新聞を見ると,翌 3月19日は,ほぼすべての新聞で『糖尿病学会 糖質制限を認めず』という見出しの記事が出ていました.

すぐ後の2か月後の5月には第56回 日本糖尿病学会が開催が迫っていたのですが,その機先を制する形です.

とにかく長い

そこで,この『日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言』(=以下 『2013提言』)を読んだ私の第一印象は,『な,長い…』でした.

ご興味のある方は,上のリンクから全文をお読みください.A4全7頁,途中まで読むと,最初の方に何が書いてあったのか忘れてしまう,それくらい長いです.

この提言に限らず,日本糖尿病学会は,糖尿病について緊急に意見表明する必要がある事態が発生した時には,随時『声明(Statement)』や『推奨(Recommendation)』を発表しています.学会のホームページから,それらを拾ってみると,以下の通りです.

表の右端に,各提言の文字数を表示しましたが,この『2013提言』が飛びぬけて長いことがわかります.

2番目に長いのは 2019年8月6日の『SGLT2阻害薬の適正使用に関する_Recommendation』ですが,これが長いのには理由があります. このRecommendationは,最初 2014年に出されたものなのです. SGLT2阻害薬は,発売直後に死亡例が出た(ただし投薬との因果関係は不明)ために緊急提言が出され,それ以降 合計4回にわたる追記が行われました.したがって最初からこの長さだったのではなく,その後の何度にもわたる追記のためにこれだけ長くなったにすぎません.

しかし,この『2013提言』は,最初からこの長さであり,それ以降 追記も変更もありません.とにかく長い.

ところが 16,896文字もの長文なのに,中身を読むと要するに『長期安全性のエビデンスがないので 現時点では学会は推奨しない』と28文字でも済む内容です.ただ『エビデンスがないことのエビデンス(根拠)』を延々と書き連ねているだけです.

どういう経過で?

それまでの学会の論議の流れから,突然飛び離れた路線を なぜこの時期に 報道陣を集めてまで発表しなければならなかったのか,また どういう議論を行ったうえでのこの結論なのか,それらは一切記載されていません.ただこう説明されているだけです.

日本糖尿病学会では、日本人の糖尿病患者の食事療法についての考え方を指し示すため、2012年8月に「食事療法に関する委員会」を設置し、さまざまな検討を行って参りました。本委員会からの報告をもとに、学会内の学術評議員からのパブリックコメントや関連する他学会からのご意見などを参考にし、「糖尿病における食事療法の現状と課題」のとりまとめ(案)を作成しました。

日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言
~糖尿病における食事療法の現状と課題~

ブーメラン

発表タイミングといい,発表内容といい,そして発表に至る経過がまるで不明なことといい,実に謎だらけの『2013提言』でした.

ところで このブログの読者ならよくご存じでしょう.自分の糖尿病を詳しく知りたいと切実に願っている人は,鹿児島大学 納光弘(おさめ みつひろ)先生のホームページに記載されている貴重なデータを,何度もご覧になったことと思います.

患者の立場での糖尿病臨床研究
その3:健常成人26人の5時間糖負荷試験の驚きの結果
     

鹿児島大学 納光弘

その納先生が,この『2013提言』について,こう述べられています.

糖質制限食は糖尿病の食事療法にとって極めて重要な課題であるので、この機会に私の考えを整理して、述べることにする。
私の考えを一言で纏めると、私は糖質制限食に極めて肯定的である。 その、理由について述べたい。
現在、日本の医療機関で糖尿病治療食として一般的に指導されているのは、カロリー制限食というものである。 患者さんの身長を基にして摂取すべきカロリーを割り出し、一日の食事で摂るカロリーをそれ以下に制限し、さらに、栄養バランスにも制限を加え、糖質を50%から60%摂り、脂質を25%ほどに抑えるように日本糖尿病学会が推奨しており、現場の多くの医師や栄養士は患者さんにそのように指導しているのが現実である。 しかしながら、このカロリー制限食は患者さんにとって大変な苦労で、続けるのがとても難しいのもまた現実である。
それに比べ、私がこのシリーズの『その1)』と『その4)』で述べた渡邊法は、カロリー制限食と異なり、面倒なカロリー計算の必要もなく、続けるのがとても楽な治療法である。 渡邊先生の治療法は、一言で言えば、バランスのいい食事を腹8分~9分とって、これに適度な運動を加え、体重コントロールに努めるという、誰にでもできる、健康法である。 渡邊先生は『糖質制限』にこだわってはいないが、結果的には『カロリー制限食』に比べると糖質の摂取は、結果的にうんと低めになるのである。 私の場合、渡邊法ではあるが、主食からごはんやパンを抜いて、糖質の摂取を意識して少なくして来ているので、まぎれもなく『糖質制限食』である。 私は、いずれ、日本糖尿病学会も欧米の糖尿病学会と同じように『糖質制限食』を認めることになると思っていたので、今回の糖尿病学会の声明には違和感を覚えたのである。 日本でも、今や、『糖質制限食』が一般の糖尿病患者の食事療法に広く取り入れられつつあるので、今回の日本糖尿病学会の声明には、『糖質制限食』を実施している多くの患者さん方も違和感を覚えたことと思う。 いずれ、日本糖尿病学会も欧米の流れを後追いして、今回の声明を引っ込めざるを得なくなると思うが、この様に無茶な声明を出してしまった以上、それはだいぶ先のことになるかもしれないと憂慮している。

患者の立場での糖尿病臨床研究
その10) 私は糖質制限食を勧る 2013年3月28日 記

先生の『憂慮』は的中します. この『2013提言』で,『糖質制限食にはエビデンスがない』と強調したことが,後日 ブーメランとなって 学会に返ってくるのです.

(C) IZUMIMARUさん

[39]に続く

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