食事療法の迷走[37] To Consensus 合意を求めて

2012年1月,医学系学会としては 初めて,『糖尿病の治療に低炭水化物食は 是か?非か?』というディベートが 第15回日本病態栄養学会 年次学術集会で行われ,問題提起されました.この問題提起に対して,その後の糖尿病学会の動きです.

2012年5月 日本糖尿病学会

その年の5月,第55回日本糖尿病学会が横浜で開催されました.ここで

From Debate to Consensus

という,ちょっと変わった名前の討論が企画されました.つまり,特定テーマについて単に両者が言いたい放題のDebateだけを行うのではなくて,更に合意=Consensusに至るまで議論を深めようという趣旨です. この年会の渥美会長の発案だそうです.

From Debate to Consensusでは,6つのテーマが取り上げられました.その内の2つが糖尿病の食事療法に関するものです.

適正な食事中の糖質量は?

食品交換表では,糖尿病の食事において,炭水化物のカロリー比率を50~60%としています. しかし,この『カロリー比率』というのは 考えてみれば不思議な概念です.

ある人が1日に2,000kcalの食事をして,その炭水化物の比率が50%であった場合,1,000kcal= 250gの炭水化物(実際には糖質)を摂ったことになります.

しかし,同じ人が翌日,1,800kcalの食事で炭水化物比率60%だったら,その日の炭水化物は (糖質)は270gです.

つまり 摂取絶対量は翌日の方が多いのです. このように,カロリー比率ではなく,摂取絶対量で考えた場合,『適正な糖質の量』はどれくらいなのかを考えてみようというテーマです.

最初に登壇された北里大学 山田悟先生は,

  • 食品交換表に記載する『炭水化物=50~60%』にはエビデンスは存在しない
  • 人体が1日に絶対に必要とする糖質は,実は肝臓の糖新生だけでまかなえる
  • よって,ケトン産生に至らない最小摂取量,すなわち130g/日が適正だ

と提案しました.

続いて 金沢大学の篁(たかむら)俊成先生は,

  • 血糖コントロールには低炭水化物食が有利である
  • さらに 人体は1日に最低50-130gの糖質を摂取すれば,肝臓の糖産生に依存しないのでケトン体産生には至らない

と,山田先生と まったく同じ意見です.そのうえで,では糖質をその量に抑えた場合,残りの必要カロリーを.脂質と蛋白質でどう分担するか,ここを考察されました.

特に長期間 安全に食事療法を継続できるようにするには,たとえば脂質の『量』のみを議論するのではなくて,その質(ex. 動物性/植物性 飽和/不飽和)まで含めて考慮すべきとされました.

このプレゼンテーションに対して,両先生と座長も交えた議論が行われ,山田先生は 1食当たり 20-40gの糖質,間食 10g糖質として,1日に70-130g/日の糖質制限食を強く推奨しました.
最後に 議論の締めくくりとして,座長が;

『糖尿病治療食として,炭水化物 40%も今後の選択肢とすることを,この場のコンセンサスとしたい』

と提案すると,満場の大拍手でした. 会場は パシフィコ横浜の会議センター,定員500人の503会議室でしたが,実際には立ち見の人も非常に多かったのでおそらく600人以上はいたでしょう.

全員が拍手したか,までは確認できませんでしたが,少なくとも『反対』という声はありませんでした.

「食品交換表」を用いる カーボカウントの意義と活用

一方,もう一つの From Debate to Consensusでは,食品交換表の骨格は維持しつつ,食後の血糖上昇を安全に管理する目安としてカーボカウントの考えを取り入れることが議論されました.議論自体は過去の学会シンポジウムとほとんど同じなので 割愛します .ただし,下記のような意見が出されました.

一方で,これらのカーボカウントの一種の悪用により,極端な低炭水化物食へと走らないように注意することも肝要である.

第55回日本糖尿病学会 From Debate to Consensus DC6-2

およそ学術的討議を行う場である学会において,『悪用』,つまり犯罪と同一視するかのような言葉を使うことに異様さを感じました.もちろん 学会と言えども,意見の対立はありますから腹立たしいこともあるでしょうが,それを口に出したり,ましてや記録文書に残すとは尋常ではありません.糖質制限食に対して,論理ではなく 感情的な『敵視』が生まれてきたことを象徴する文章です.


2つの討論で,一つは 糖質制限を選択肢として認めていいのではないか,また もう一つは 食品交換表に何らかの形でカーボカウントの概念を加えるべきではないか,と おおむね ここまでの流れに沿った動きであるとみえました.

ところが翌年,ガラリと風向きが変わります.

[38]に続く

コメント