1993年に発表されたDCCTの大規模研究結果は,緻密な研究計画の基に,血糖コントロールと合併症リスクとの関係を鮮やかに証明したものでした.
合併症リスクが数値化された
それまでは血糖値や糖負荷試験は,糖尿病の診断基準とはなりえても,あるいは糖尿病が軽度か重度かの判断には使えても,糖尿病の予後(=合併症の予測)には使えませんでした.
病院に来た患者で,空腹時血糖値が200の人と250の人とでは,たしかに250の人の方が重症かもしれないけれど,だからといって 必ず250の人の方が早く合併症を発症するとは断言できないからです.
しかし,DCCTによりHbA1cと合併症の発症又は進行リスクとの関係が明瞭に数字で示されたのです. これは大変な意義を持つことでした. 正常な人のHbA1cにどれくらい近づけられるか,そこさえ いつも押さえていれば,患者個人ごとに治療方針が立てられます. たとえば 目の前にいる患者に対して,SU剤とメトホルミンのどちらがよくHbA1cを下げられるのか投与経過をみていけば,それは 糖尿病治療=合併症発生抑制に向けて,個々の患者に応じて 有望な(promising)治療経路を間違いなくたどれることを意味するでしょう.
HbA1cも指標となった
したがって,HbA1cは これ以降 糖尿病のGold Standardとなりました. もちろん HbA1cだけでなく,患者の全体病態を総合判断する必要はありますが,経過観察の指標としては優れたものでした.
来院時の血糖値や糖負荷試験は,その時点のスポットデータですし,なによりそれらの数値は再現性が低い.つまり同じ患者に2日続けて血糖値や糖負荷試験を行っても,かなり測定値がブレるという問題があります.ある日糖負荷試験を受けて『境界型』と判定された人が,翌日もう一度受けたら『糖尿病型』となることは 実際にもよくあります.それに対してHbA1cは,測定機器や測定原理により多少の系統誤差はありますが, 数値の信頼性をゆるがすほどではありません.HbA1cが昨日8%だった人が 今日は6%だった,などということはないからです.
もちろん,DCCTの結果だけをもって HbA1cの地位が確立したわけではありません. DCCT以降に行われた同様の大規模試験の結果が出そろうと,『HbA1cは合併症リスクと相関する』という傾向はゆらぐことはありませんでした.
熊本Study
日本でも『熊本Study』というものが行われています.
研究方法は,DCCTをほぼ踏襲したもので,インスリンを使っている2型糖尿病の人110人を対象に,「通常療法」と「強化療法」とを比較したものです.当時は速効性インスリンはまだなかったので,「通常療法」が1日1~2回(朝のみ 又は 朝夕各1回)に規定量の単位を固定して注射するのに対して.「強化療法」は1日3回以上 血糖値を監視しながら小刻みに注射するという方法で,DCCTと同じでした.
結果は以下の通り,空腹時血糖値及びHbA1cは有意に強化療法の方が低く,
また 網膜症の累積悪化率でも圧倒的な差がつきました.
これにより,世界の糖尿病学会は,HbA1cを信頼できる治療指標としてガイドラインに取り入れていきます.
薬の効果 指標にも
さらに 糖尿病薬の効能を説明する文書には,必ず投薬後の HbA1cの低下効果を表示し その薬の薬効エビデンスとするようになりました.
以上の通り,HbA1cは 糖尿病の 最も重要な指標という地位を確立しました. ところが2008年に,とんでもない事態が判明します.
[29]に続く
コメント