血糖値とHbA1cの測定精度[6]~精度は十分です ただし

2017~2018年に厚労省で開催された『検体検査の精度管理等に関する検討会議』では,患者が病院から告げられる検査の精度については,

というところまで話を進めてきました.
ではこれらの調査で,どのような結果が出ているのでしょうか?

【注】以下の文章では,CV,標準偏差など統計用語を厳密な意味では用いておりません.日本医師会の資料では,CVは「補正共通CV」や「コンセンサスCV」,つまり生データを機械的に統計処理したものではなく,(妥当な理由で)かなり加工を加えているのですが,ここでそれらとの差異を正確に書こうとすると,ほとんど統計の教科書のようになってしまうからです.ご興味のある方は,下記のサイトをご参照願います.

日本臨床医学会『臨床検査の精度管理事業』

血糖値/HbA1cの測定精度調査結果(CV表示)

上記の検討会議において,日本医師会から,全国3,000以上の医療機関で実施した 血糖値/HbA1cの精度調査結果が報告されました.それによれば;

CVという数値の大小が,測定バラツキの大きさを表しています. この数値が大きいほど,各医療機関から寄せられた測定結果のバラツキが大きかったということです.上の表で,たとえばHbA1cが5.63%の標準試料(サンプル1)は,各測定機関の測定結果では 1.56%(同一測定法間)ほどのバラツキがあったようです.ただし,この変動係数CVによる表示では,具体的な数値のバラツキがよくわかりません.

【注】この表で『同一測定法間』『異なる 測定法間 』とあります. 血糖値やHbA1cに限らず,ある検査項目を測定する方法(測定原理)は,単一ではなく 複数の方法があることが多いです. たとえば血糖値測定法だけを見ても,下記の通りです.

血糖値の測定方式
・ グルコース酸化酵素比色法
・ グルコース酸化酵素電極法
・ ヘキソキナーゼ-UV法
・ グルコース脱水素酵素法
・ ドライケミストリー法

CVとは?

変動係数(Coefficient of Variation)のことです. データのバラツキを表すのには,通常 標準偏差(SD: Standard Deviation)が用いられます.しかしたとえば 血糖値300のサンプルを多数測定して標準偏差SDが20だった場合は,データ範囲は 300±20,つまり280~320であったのに対して,血糖値80のサンプルを多数測定して標準偏差SDが20であったら,データ範囲は 80±20,すなわち60~100だったということですから,まるで重大さが違います. 280と320では ほぼ同じような高血糖状態ですが,60と100では,前者は低血糖,後者は正常となります.

そこで,標準偏差SDの大きさを平均値に対する相対的な割合で表したものが,変動係数 CVです.変動係数CVは下記式から算出されます.

この式から,平均値Avと変動係数CVが分かっていれば,標準偏差SDが算出できます.

血糖値/HbA1cの測定精度調査結果(SD表示)

上記の日本医師会の資料では 変換係数CVで表示されているため 実際の血糖値/HbA1c測定のバラツキ絶対量がわかりませんから,標準偏差に書き直してみました.

一般に [平均値 Av]±[2×標準偏差 2×SD] を95%信頼区間と呼びます. バラツキのあるデータでも,それが正規分布 しているのであれば,95%がこの範囲内に収まります.したがって,現在日本の病院で行われている検査データの精度は,ほとんど[★]が下記の範囲内にあることがわかります.

[★] 『ほとんど』であって,『すべて』ではないことに留意してください.

日本医師会の検査精度調査の結果,各医療機関の測定での誤差はゼロではないものの,その測定バラツキはこの程度の範囲だということです. 日本臨床衛生検査技師会の調査結果でも ほぼ同様でした.

わずかな上下変動は単なる測定誤差かもしれません

この結果を見ると,ある時「あなたのHbA1cは5.5%です」と言われ,別の日には「HbA1cは5.8%です」と言われたとしても,その程度では単なる測定誤差なのか,本当に HbA1cが0.3%上がったのか,どちらとも断定できないということです. 0.3%程度下がった場合も同様です. したがって通院のたびにHbA1cが0.2~0.3%くらい上下していても,いつもその範囲から動かないのであれば,それは通常の測定誤差範囲にすぎない可能性もあるので,あまり心配していなくていいでしょう. むしろ,長期間の検査結果をグラフにして,一貫してじわじわと上昇していないか,その傾向の方に着目した方がいいと思います.

ただし 調査の限界もあります

この調査は,全国の医療機関・検査機関が参加していますが,「すべての」機関が参加しているわけではないのです.つまり論文でもよく最後のパラグラフに著者が記載する「本調査の限界」Limitation というやつです.

[7]に続く

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