化学物質としてのメトホルミン

万能糖尿病薬としてのメトホルミンの薬効や作用機序については,highbloodglucoseさんのブログ で精緻な考察記事シリーズが始まっていますので,ここでは 化学屋の目から見たメトホルミンについて述べます.

元々は中世ヨーロッパの薬草から

糖尿病は既に古代ギリシア時代から知られており,『とめどなく多尿』という意味のDiabetesという病名で呼ばれていました. この治療に中世ヨーロッパでは,牧草の一種であるフレンチライラックが薬草として使われており,

(C) 中村昌寛 さん

その葉の抽出物であるグアニジンに血糖降下作用があることが明らかになりました.

ただグアニジンそのままでは毒性が強く,糖尿病薬としては使えませんでしたが,グアニジンを2つ(Bi-)くっつけたビグアナイドにすると,毒性・炎症性は小さくなりました.

更にビグアナイドの肝臓移行性や,代謝毒性など安全性を高めるために,1950年代に各種の置換基(メチル基,ブチル基,フェニル基)を付けたものが,それぞれ糖尿病薬として実用化されました.

ところが1970年代になって,上記の内 フェンホルミンによる乳酸アシドーシス死亡例が多発して,世界的に使用禁止になりました. 実は フェンホルミン以外のメトホルミンやブホルミンでは,乳酸アシドーシスはほとんど発生していなかったのですが,公衆衛生当局としては『羹に懲りて膾を吹く』ことはやむをえなかったのでしょう. ただその後,メトホルミンは 糖尿病薬としても効果が大きく,かつ安価,また安全性も多くの臨床試験から確認された[※]ので,現在では 日本でも最大用量 2,250mg/日,かつ高齢者への投与禁忌も少しづつ緩和されつつあります.

※ 日本でのメトホルミンによる乳酸アシドーシス発症率は10万人あたり数人という低い率であり,しかも発症例のほとんどは腎機能・肝機能障害のある人など,本来投与禁忌とされていたケースでした.

化合物として眺めると

ところで化学物質として このグアニジンの構造を眺めると,非常に強い塩基性(アルカリ性)化合物であることはたしかです.実際 グアニジンそのものは手についただけで激しい炎症を起こします .苛性ソーダのようなものと思ってください.

一般に強アルカリ性の化学物質は,強い還元性を示します.還元性とは『燃えやすい』ということです. ポリフェノールやビタミンEなどが抗酸化性・アンチエージング サプリなどとしてもてはやされるのは,この還元性によるものです. しかしグアニジンの還元性はそんな生ぬるいレベルではありません.

第二次大戦末期にドイツが液体ロケット燃料としてヒドラジンを使いましたが,

この技術を戦後に得たソ連がスカッドミサイル,そしてそれをコピーした北朝鮮が弾道ミサイルに使っているのが,非対称ジメチルヒドラジンです.

やはりグアニジンとよく似た骨格であり,いずれも強還元性です.
これらの強還元性化合物と,強い酸化性化合物を混合すると,一瞬にして爆発し,ロケットとなります. 北朝鮮のミサイル発射の瞬間に(液体水素+液体酸素を使う)日本のH2ロケットと違って,真っ赤な煙を吹きだすのは,酸化剤の赤煙硝酸が飛び散るためです.

North Korea Koreas Tension

グアニジンやメトホルミンは,液体ではなく固体なのでそのままではロケットの燃料にはなりませんが,それでも酸化性物質(硝酸塩など)と混合すれば,十分爆発します.固体ロケットくらいにはなるかもしれません.実際 強還元性であるグアニジンに,強酸化性であるニトロ基を付けたニトログアニジンは,そのままでTNT火薬を上回る爆発力があります.

癖のあるやつは

糖尿病薬だけでなく,マラリアの薬(プログアニル),殺菌剤(クロルヘキシジンなど)など,グアニジン骨格を持つ化合物は多方面で強い生化学的活性を示します.毒にも薬にもロケットにもなるのがグアニジン=ビグアナイドです.

一癖も二癖もある人間は,実に使いにくいが,しかし適所に配置すると素晴らしい働きをすることがあり,そういう素材を見出すのが人事担当のひそかな楽しみでもあります.

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