前回のシリーズでは,糖尿病患者がPET癌検査を受けたことがきっかけで,
- 服用したメトホルミンのほぼ半分は腸壁に留まって2日間ほどかけてゆっくり排泄されること
- したがって,消化管下部にはメトホルミンが蓄積されて高濃度で存在すること
- この時,メトホルミンは血糖を乳酸に転換している,すなわちその分だけ血糖値を下げていること
が明らかになりました.糖尿病薬として登場後,60年以上も経過しているのに,今までメトホルミンのこの作用には気づいていなかったわけです.
では この状態は腸内細菌に影響するのでしょうか?しないのでしょうか?
影響するとしたら,どういう現象が起こるのでしょうか?
このシリーズは,前シリーズから派生した,この疑問への答えを求めて調べてみた結果です.
そもそも腸内細菌って
コレステロールと同様に,腸内細菌については,たしかな根拠もないのに『善玉菌』『悪玉菌』という善悪二分論が吹聴されています.
しかし,そんな単純なものではないでしょう. 人体の腸内に棲息する細菌叢は,重量では1~2kgほどですが,その数たるや,人体全体の細胞の数が全部で60兆ほどなのに,腸内細菌の数は100兆~1000兆個とも言われています.
更に細菌の種類についても,数千種などと言われていますが,これも正確には不明です.そもそも腸内細菌を完全に分類することもできていないのですから.
腸内に棲息する細菌の種類を数え上げようとしても,どうやって細菌を『仕分け』,つまり分類するのかというのが最大の障害です. 個々の腸内菌を単離してそのDNAを片っ端から全解析していけばいいのですが,実は細菌の分際で腸内細菌のDNAは結構複雑です.個々の細菌が数百万ほどの(つまり『長い』)DNAを持っていて,それが何千種もあるのですから,おそらく50億以上のゲノムがあることになります.人間のゲノム対が30億個と言われているので,それよりも(はるかに)大仕事です.
調べてみました
2012~2013年に, 中国 と スウェーデンで,健常人と糖尿病の人とで腸内細菌に違いがあるのかが調べた結果が雑誌 Natureに報告されています.
糖尿病,及び 糖尿病予備軍,そして正常者の腸内細菌を調べ上げた報告です. これが可能になったのは Shotgun-Sequencerという,やや物騒な名前の画期的な手法です.個々の細菌のDNAを頭から順に読んでいくのではなく,一旦 粗くブツ切りにしておいて,その短くなった(したがって解読しやすい)断片のDNAを全解析しておき,最後にそれらをジグソーパズルのように嵌め合わせてDNA全体のデータを得るという方法です. 個々の断片のDNA解読にかかる時間は短いですが,最後のジグソーパズルは(断片どうしのあらゆる組み合わせを試すので)途方もない時間がかかります.しかし,スーパーコンピューターは,こういう仕事のためにあるのですね.
そして,その結果がこれです.
欧州と中国,つまり人種が違うにもかかわらず,短鎖脂肪酸(酪酸)を生成する菌と免疫を強化する菌が,どちらの場合でも糖尿病患者では少なくなっているという明確な共通点があることに驚きます.
糖尿病だから腸内細菌が変化したのか,逆に腸内細菌の変化が糖尿病発症の原因なのか,つまりどちらが卵でどちらが鶏なのかは不明ですが,ともかく 糖尿病の人の腸内細菌は正常人とは違うようです.
ちなみに,欧州女性の例では,糖尿病の人の方がむしろガセリ菌(Lactobacillus gasseri) が腸内に多いようです.
糖尿病とそうでない人とでは,かなり腸内細菌の様相が異なることがわかりました. しかもその様相は,人種間で共通している面もあれば,人種によって異なる面もあることがわかりました.
腸内細菌の問題は,善玉・悪玉と呼べば把握できるほど 単純なものではないのです.
[2]に続く
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