何が決定要因なのか
Ahlqvist博士は2018年に従来の1型・2型などではなく, それぞれ特徴の異なる5種類の糖尿病に分類することを提案しました.
これら5種類の糖尿病は,それぞれが特有の病態を示し,合併症のリスクも異なるからです. しかもその後何年たっても,糖尿病発症初期にみられた特徴を保持していました. また この分類はスウェーデン・ドイツ・英国の糖尿病患者でも同じような割合でみられました.
たしかにこれほど明確であれば,これらに共通しているのは ただ『血糖値が高くなる』ということだけであって,まるで別の病気である,というAhlqvist博士の主張は当を得ているように思えます.
では,これらの病気に至るメカニズムは何なのでしょうか?
博士の分類で1つだけ(=SAID)だけは,従来の1型糖尿病(+SPIDD)に相当しますが,それ以外の4種は従来『2型糖尿病』と呼ばれていたものです.
『悪しき生活習慣』にも4種類あるから,4種類の2型糖尿病ができるのでしょうか?
そんなことはあり得ないですね.
遺伝的素因
最初に考えられるのは遺伝的素質です.
しかし,いかにスウェーデンの医療ICT化が進んでいるとは言っても,全国民のDNAデータがそろっているわけではありません.したがって Ahlqvist博士が2018年に新しい糖尿病の分類を論文発表した時点では,遺伝的素因を詳しく検討できませんでした.
しかし,本年9月に米英の遺伝子工学の研究者の協力も得て,5種類の患者それぞれのDNA解析結果がまとめられました.
SIRDだけは異質
その結果がこれです.
この図は,Ahlqvist分類の5つの糖尿病 それぞれについて 結果をマンハッタンPlot[★]と呼ばれる図に表示したものです.横軸が調べた遺伝子の種類,縦軸がその糖尿病に関連している度合(p値)です. 赤い水平線より上に飛び出ている点があれば,その遺伝子との関連性が強く見出されたという意味です.
[★]GWAS,マンハッタンPlotについて詳細は下記を参照願います.
[遺伝疫学]Genome-Wide Association Study(GWAS)について
私は遺伝子工学には全く無知ですが,この図で SIRDが異質であることだけは 一目で理解できました.
SAID(従来の1型糖尿病に近い)では,HLAという遺伝子が強く関連していました.
またSIDDでは TC7FL2が,MODでは ZNF503とTC7FL2が,そして MARDではやはりTC7FL2が関連しています. TC7FL2は,よく新聞でも『糖尿病と関連する遺伝子』などと紹介されるほど古くから有名です.この遺伝子における特定の多型は膵臓β細胞の機能障害を起こしやすく,糖尿病/耐糖能異常者に多くみられます.
ところが SIRDには これらが全くみられないのです.
これを素直に解釈すると,SIRDは 膵臓機能はまったく正常であり,別の原因で高血糖を呈している,即ち
『SIRDは従来の概念の糖尿病ではない』
ということになります.それに比べれば SIDD/MOD/MARDは すべてTC7FL2と関連しているので,従来の糖尿病の中のバリエーションであるとみなせます. もちろん あまりにも SIRDが飛びぬけて離れているので,それに比べれば近い関係だという意味ですが.
早期予測治療が可能になる
たしかにこれは深刻な話です. 従来はMODもSIRDも,傍目には 肥満が原因の糖尿病としか見られておらず,区別がつきませんでした. しかし,似ているのは肥満という外見だけで(どちらかといえば,リスクの小さいMODの方が むしろ肥満度合が高い傾向がある),遺伝的素因の違いで,糖尿病腎症リスクの高い人と低い人の2種に分かれるにも関わらず,現在のガイドラインでは 漫然と同じ治療を行っているだけなのですから.
しかし,逆にとらえれば,もしも初期からこの患者は MOD つまり単純肥満糖尿病ではなくて,SIRDなのだ,つまり腎症リスクの高いタイプなのだと判明していれば,それだけ早期に手が打てる(=インスリン抵抗性解消に特化した強力な治療を行える)ことを意味します.
そして,4種類の2型糖尿病の中で,もっとも腎症リスクの高い このSIRDの効果的治療法を確立できれば,それは糖尿病を原因とする 腎臓透析患者全体を低減するのに大きく寄与するはずです.
すなわち糖尿病 医療全体に大きな影響を与えるでしょう.
この可能性に気づいて,もっとも敏感に反応しているのは医学界ではなく,ビジネス業界です.
この再保険会社では,いちはやくAhlqvist博士の糖尿病新分類が 医療保険ビジネスに大きな変化をもたらす可能性に着目しているようです.
[16]に続く
コメント