メトホルミンの効果はみせかけ?

私はメトホルミンは いい薬だと思っています.どうしても相性の悪い人はいるものの,安価で投薬実績も豊富だからです.肥満でも肥満でなくてもある程度の効果を発揮しますし,低血糖のおそれもありません.

ところが 最近,時事メディカル誌にこんな気になる記事が掲載されました.

『メトホルミンの有効性が実力よりも過大に評価されているのではないか,それはメトホルミンの観察研究においては Negative Control Outcomeがあるからだ』という記事です.
Negative Control Outcomeとは何でしょうか? この記事だけでは 詳細不明だったので,記事の元になったこの論文を読んでみました.

Powell 2022

メトホルミンの効果を調べた観察研究

この論文では,2015年~2022年に発表された,メトホルミンの効果を調べた観察研究 20本を詳細に分析しています. これら20本の論文の掲載誌は,BMJ , JAMA , Lancet , NEJM などと いずれも一流どころの学術雑誌ばかりです.

メトホルミンを投与されたグループ(=MF使用群) と,メトホルミンを投与されていないグループ (= MF非使用群)とで,以下の症状はどちらが軽かったかをまとめています.

  • 多発性骨髄腫への進行
  • 開放隅角緑内障発症率
  • 乳癌、子宮内膜癌、卵巣癌の発生率
  • I型子宮内膜癌の再発
  • 地域ベースの抗生物質使用、病院で治療された感染症
  • 無病生存率、全生存率
  • 無増悪生存期間、子宮頸がん特異的全生存期間
  • がん特異的全生存率
  • 客観的奏効率(部分奏効+完全奏効)
  • 主要心血管系有害事象(MACE)の発生状況
  • 神経変性疾患(認知症、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、軽度認知機能障害)の発生状況
  • 術後の敗血症、腎不全、30日院内死亡率
  • 子宮内膜生検による治療反応までの時間、経口プロゲステロンと子宮内プロゲステロンで層別化
  • 前立腺肥大症の発症
  • 術後死亡率および再入院率
  • 腹部大動脈瘤の手術への進行および/または死亡
  • 加齢黄斑変性症の発症
  • 院内COVID-19死亡率
  • 加齢黄斑変性症の発症
  • 心筋梗塞・脳卒中による入院

おや? と思いませんか?
そうです,ここで比較している効果(Outcome)は どれも糖尿病に関する指標ではありません. それどころか,(幅広い効果を持つとされているメトホルミンですが)どう考えてもメトホルミンとは関係の薄そうな症状・指標ばかりです. 緑内障にメトホルミンが効くなどとは思えません. ですから これらの結果について,メトホルミン群とメトホルミン非使用群とでは,本来 差はみられないはずです.
ところがお立合い,この20本の論文の結果を見ると メトホルミン群は 非使用群に比べて 好結果を示しているのです.

これはどういうことでしょうか?

そこで,

  • 糖尿病予備軍でメトホルミン使用群/非使用群
  • 2型糖尿病患者でメトホルミン使用群/非使用群

と分けて その治療確率(Probability of Treatment)分布をみると こうなりました.

Powell 2022 Supplement
Powell 2022 Supplement


分布の左方向=治療確率が低いとは,相対的に健康で治療に至る可能性が低いことです. 逆に 分布の右方向=治療確率が高いとは,相対的に不健康で治療に至る確率が高いことです.

答えはここにありました.
一見してわかる通り,糖尿病予備軍では,メトホルミン使用群と非使用群の人の分布は ほぼ重なっています.

しかし,糖尿病群においては,メトホルミン使用群と非使用群の人の分布がまったく異なっています.
糖尿病群では,メトホルミンを使用している人は相対的に健康状態が良い方にも広く分布しているのに対して,非使用群では 健康状態が良くない方に集中しているのです.
言い換えれば,糖尿病でメトホルミン使用者は 非使用者に比べて健康状態のよい人が多かったのです.

どう考えてもメトホルミンの効能とはかけ離れた症状にもかかわらず,メトホルミンの『効果』が見られたのは,メトホルミンの薬効ではなくて,糖尿病重症者がメトホルミンの非使用者に多かったからでした.これが Negative Control Outcomeの正体です.メトホルミンと比較された対照群に負のバイアスがかかっていたということです.
つまりメトホルミンの効果を調べていたつもりでも,実は健康状態の良好な人と良好でない人とを比べていたに過ぎなかったのです.

とは言え,著者は この論文で『メトホルミンの効果はインチキだ』と述べているのではありません.
本文中で

Of importance, this study does not claim to have crafted the perfect metformin study design;
重要なことは、本研究において 完璧なメトホルミン研究デザインを構築したと主張しているわけではない

Powell 2022

と述べているように,この分析がメトホルミンの正しい効果を明らかにしたのだとは主張していないのです.

そうではなくて, (欧米では)糖尿病患者にはまずメトホルミンが投薬され,糖尿病が悪化すると メトホルミンに代わって より強力な薬又はインスリンが使われるようになるのだから,

[A] メトホルミンを使っている糖尿病患者 = 糖尿病が軽症の人
[B] メトホルミンを使っていない糖尿病患者 = 糖尿病が重症の人

意図的ではない棲み分けができてしまっている.したがって,[A]と[B]との比較は,メトホルミンを使っているか/そうでないか の比較ではなくて, [健康な人]と[健康でない人]との比較になっているにすぎない.これでは常にメトホルミンに(大きな効果があったかのような)ゲタをはかせてしまっているわけだから,出発点の揃っていないメトホルミンの観察研究については,結果を慎重に解釈するように求めているのです.

この記事で『観察研究は バイアスがあっても排除できない』と書きましたが,故意ではなくとも このようにバイアスが入り込んでしまうのが観察研究なのです.

もちろん 観察研究ではなく,エビデンスレベルが高いとされるランダム化 比較試験では,初期状態で2つの群のレベルをきちんとそろえるので,メトホルミンがゲタを履くことはありません.

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